「予防教室の参加者に運動指導をする」「健診後の保健指導に関わる」「地域の健康づくりイベントに登壇する」——こうした場面は、今や多くの理学療法士にとって珍しくない日常業務です。
ところが現行の法律に立ち返ると、理学療法士の業務対象は「障害者」と定義されています。つまり、現場の実態と法律の文言が、すでに大きくずれているのが現状です。
2025年、その乖離をただすべく、日本理学療法士協会・日本作業療法士協会・日本言語聴覚士協会の3団体が動き出しました。1965年の施行から約60年ぶりとなる理学療法士及び作業療法士法の改正に向けた要望が、自民党のリハビリテーション小委員会に提出されています。
本記事では、改正が求められている背景と4つの変更ポイント、そして私たちPTへの影響を整理します。
1. 現行法は何が問題なのか——60年間、変わらなかった法律
理学療法士及び作業療法士法が施行されたのは1965年(昭和40年)です。当時の医療・リハビリテーションの中心は、疾病や外傷による「障害者」の機能回復でした。法律はその時代のニーズに合わせて設計されており、それ自体は当然のことです。
しかし、それから約60年が経過した現在、リハビリテーション専門職の活動領域は大きく変化しています。
📌 現場との乖離が生じている主な領域
- 介護予防・フレイル予防プログラム
- 地域住民向けの健康増進イベント
- 健診後の保健指導・生活習慣病対策
- スポーツ・産業領域での活動
- 学校・企業・行政との連携事業
これらはいずれも、現行法が想定していた「障害者の機能回復」という枠組みには収まりません。現場のPTが当たり前のようにこなしている業務が、法律上は「グレーゾーン」に近い状態に置かれているとも言えます。
こうした状況を受け、3団体は次期通常国会への改正法案提出を目標に掲げ、自民党のリハビリテーション小委員会へ正式に要望を提出しました。
2. 改正要望の4つのポイント
3団体が求める改正の内容は、主に以下の4点に整理できます。それぞれの意味をひとつずつ確認していきましょう。
POINT 01
目的規定の拡充——「予防・健康増進・公衆衛生・保健指導」の明記
現行法の目的規定には「障害者の機能回復」という文脈が強く反映されています。改正案では、理学療法などが「予防」「健康増進」「公衆衛生」「保健指導」に寄与することを法律の目的として明文化することを求めています。法律に明記されることで、これらの活動の正当性が担保され、行政や保険者との連携もしやすくなると期待されます。
POINT 02
対象規定の見直し——「障害者」限定からの脱却
現行法では業務対象が「障害者」に限定されています。これを現状の活動実態に合わせて見直し、健康な人や予備群も含めた広い対象へと規定を拡張することが求められています。「予防医療」「健康増進」の担い手としての法的位置づけが明確になれば、現在のグレーゾーンが解消されます。
POINT 03
名称独占の厳罰化——無資格者による紛らわしい名称への対策
「理学療法士」という名称は資格がなければ使用できませんが、現状では「〇〇セラピスト」「機能回復士」など紛らわしい名称を名乗る無資格者が後を絶ちません。患者・利用者の安全を守る観点から、厳罰化や行政指導の強化を求めています。名称独占の実効性を高めることは、専門職としての信頼性確保に直結します。
POINT 04
養成課程の延長——3年制から4年制へ
拡大する職域に対応できる質の高い人材を育成するため、現行の最短3年制から4年制への移行が求められています。詳細は次のセクションで掘り下げます。
3. 「3年制から4年制へ」養成課程延長の意味
養成課程の延長は、今回の改正要望の中でも特に現場のPTにとって関心が高い項目ではないでしょうか。その背景と意図を整理します。
なぜ4年制が必要なのか
現在、理学療法士の養成課程は最短3年間です(4年制大学も存在しますが、3年制の専門学校でも受験資格が得られます)。1965年の法施行当初、想定されていた業務は急性期・回復期病院での機能訓練が中心でした。しかし現在、求められる知識・技術の範囲は格段に広がっています。
📚 現在のPTに求められる知識領域(例)
- 急性期・集中治療領域(早期離床・ICUリハ)
- 心臓リハビリテーション・呼吸リハビリテーション
- がんリハビリテーション
- 介護予防・フレイル対策
- 地域包括ケアシステムとの連携
- 行動変容・患者教育の理論と実践
- 研究リテラシー・EBP(根拠に基づく実践)
これだけの領域を3年間でカバーし、臨床実習まで完結させることの限界は、現場の教員・指導者の多くが感じているところです。4年制への移行により、基礎教育の充実・臨床実習時間の確保・研究的思考力の醸成が期待されます。
現場PTへの影響は?
すでに資格を持つPTに直接的な影響は生じません。ただし、中長期的には新卒PTの質の底上げにつながり、後輩の指導・育成環境の変化として実感される可能性があります。また、養成校の4年制一本化が実現すれば、学術的なバックグラウンドを持つPTが増加し、職種全体の研究文化の醸成にも寄与するかもしれません。
一方で、進学年数の延長は学生の経済的負担増にも直結します。奨学金制度や授業料支援の整備が同時に議論されるべき課題として残ります。
4. 厚労省「リハビリテーション統括調整室」とは何か
2024年5月、厚生労働省内に「リハビリテーション統括調整室」が新設されました。この組織が今回の法改正の動きと深く関わっています。
縦割り行政の壁を「横串」で突破する
これまでのリハビリテーション関連施策は、医療・介護・障害福祉・健康づくりといった各部局がそれぞれ独立して動いており、政策間の連携が取りにくい構造でした。統括調整室は、こうした縦割りの壁を越えて、リハビリテーションというテーマで各部局を横断的に調整する役割を担います。
関係団体はこの新設を「画期的だ」と評価しています。行政の縦割り構造の中で、リハビリテーション専門職の横断的な役割を行政側が正式に認識・整理し始めたことを意味するからです。
「攻めの予防医療」との接点
政府が掲げる「攻めの予防医療」は、疾病の早期発見・治療から一歩踏み込み、病気になる前から介入して医療費抑制と健康寿命延伸を同時に実現するという政策方針です。自民党の鬼木誠小委員長も、この実現においてリハビリテーション専門職の役割は大きいと言及しています。
統括調整室が機能することで、PTやOTが予防医療の担い手として行政・保険者・地域社会と連携する仕組みが、制度として整備されていく可能性があります。
5. PTとしてどう受け止めるか
今回の法改正の動きを、どのような視点で受け止めればよいでしょうか。いくつかの論点を整理します。
✅ ポジティブに評価できる点
まず、現場の実態と法律の乖離が公式に認識・議論されていること自体は、前向きな変化です。特に目的規定への「予防・健康増進」の明記は、現場のPTが既に取り組んでいる活動の正当性を法的に裏付けるものとなります。
対象規定の見直しも同様です。「この活動は法律上どうなのか」という不安を抱えながら働く必要がなくなることは、専門職としての自律性・安心感の向上につながります。
⚠️ 慎重に見ておくべき点
一方で、法改正はあくまでも「制度上の整理」にすぎません。法律の文言が変わっても、それが現場の報酬体系や業務範囲の実質的な拡大に直結するわけではありません。
特に「攻めの予防医療」の文脈でPTへの期待が語られるとき、私たちはエビデンスの有無と現場の持続可能性を冷静に見ていく必要があります。「役割が広がる=良いこと」と単純に捉えるのではなく、拡大する職域の中でPTが何を専門的強みとして発揮できるのか、その根拠を問い続ける姿勢が重要です。
💬 現場PTへのひとこと
法改正の動向は「追いかけるべき情報」ですが、それ以上に重要なのは、自分が日々行っている実践の根拠を言語化できることです。法律が変わっても変わらなくても、エビデンスと臨床推論に基づいて動ける専門職であることが、長期的には最も強い武器になります。
6. まとめ
今回の記事のポイントを整理します。
- 理学療法士及び作業療法士法は1965年施行以来、約60年間抜本的な改正なし
- 現場の実態(予防・健康増進・公衆衛生)と法律の乖離が問題となっている
- 3団体が次期通常国会への改正法案提出を目指し、4点を要望:目的規定の拡充・対象規定の見直し・名称独占の厳罰化・養成課程の4年制化
- 厚労省に「リハビリテーション統括調整室」が新設され、横断的な政策推進の体制が整いつつある
- 法改正は制度上の前進であるが、エビデンスと専門性の確保という本質的な課題は変わらない
制度の変化を正しく理解し、自分の臨床実践に活かしていくことが、これからのPTに求められる姿勢です。引き続き、本ブログでは法改正や診療報酬改定の最新動向を、現場目線でわかりやすくお伝えしていきます。
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