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患者さんに拒否された、あの日の会話

担当医からの依頼を受け、初めて患者さんの病室を訪ねたときのことです。挨拶を終えてリハビリの目的を説明し始めると、こんな言葉が返ってきました。

患者さん 「無理無理。まだ動くなんて無理やわ。ましてやリハビリなんて無理ですよ。」
PT 「そうですか、しんどいですよね。ただ、体を動かす時間が減るとより疲労しやすくなってしまうんです。まずは座る・立つ練習から始めませんか?」
患者さん 「いや、いいわ。そのくらいなら自分でやってます。」
PT 「お手洗いなどはご自分で歩いて行かれていますか?」
患者さん 「うん、自分で歩いてる。たまにふらふらっとしてるけどね。」
PT 「歩けているなら少し安心しました。筋力の維持・強化のために、少しの運動から始めませんか?」
患者さん 「いや、いいわ。そもそもやる気がない。」

この一言で、会話は止まりました。ドアを閉められたような感覚がして、次の言葉がどこからも出てこない。長い沈黙のあと、「また改めて来ますね」と言うのが精一杯でした。

廊下に出て、正直に感じたこと

病室を出て廊下を歩きながら、自分の中に湧き上がってきた感情に気づきました。それは、落ち込みでも悔しさでもなく——。

🔍 あのときの正直な気持ち

「やる気がない患者さんに、そこまで時間を費やしたくない。」

この一文だけを見ると、「理学療法士として失格だ」と感じる方もいるかもしれません。自分でもそう思いました。でも、それが偽らざる本音でした。

「どんな患者さんでも平等に関わるべきだ」「やる気がないのは関わり方の問題だ」「それに向き合うのがプロというものだ」——そういった考えは、正論だと思っています。間違いでもない。

でも、正論と、現場で湧き上がる感情は、いつも一致するわけじゃない。「こうあるべき」という理想と、「こう感じてしまっている」という現実の間で、あの日の自分はひどく宙吊りになっていました。

「効率」という言葉が頭をよぎったとき

急性期病棟のリハビリは、時間が有限です。1日に担当できる患者さんの数は決まっていて、カンファレンス・急変対応・書類業務が重なれば、朝に立てた計画は午後には崩れていることも珍しくありません。

そして、見落とされがちな現実がもう一つあります。

📌 現場の実情
  • 「本当はリハビリを提供したいのに、人員不足でその日は介入できない患者さん」が存在する
  • 状態的には介入すべきでも、関われないケースが実際にある
  • そういう患者さんを頭の片隅に置きながら、拒否された病室のドアをノックしにいく必要があるのかと考えた

さらに、こんな気持ちも正直ありました。

「やりたい人は、他にもいるのに。」

「先生、今日は何をやるんですか」と自分から聞いてくれる患者さん。「もっと良くなりたい」と言葉にしてくれる患者さん。そういう方との時間は、自然と熱量が上がります。手応えも見えやすい。

それに比べて、声をかけるたびに拒否される。提案するたびに否定される。そういう状況の中で、「この人に時間を使うより、他の患者さんに使った方がいいんじゃないか」という思考が、頭をよぎっていました。


気づき①:「評価する側」になっていた自分

少し時間が経って、あの日を振り返ったとき、ひとつのことに気づきました。

あのとき自分は、「誰に時間を使うべきか」という視点でしか患者さんを見ていなかったということです。

💭 無意識にしていたこと

「この人への介入で結果が出るのか」「この時間を使うに値するのか」——そんな”評価する側”の視点で、患者さんに無意識のうちに線引きをしていた。

でも少し立ち止まって考えると、医療者が患者さんの「価値」を判断することって、相当おこがましいことですよね。患者さんはリハビリの成果を出すためにそこにいるわけじゃない。ただ、病気と向き合っている一人の人間です。

前向きな患者さんには「関わる価値がある」と感じ、拒否する患者さんには「関わっても意味がない」とレッテルを貼る——。そういう思考回路が、気づかないうちに動いていたんだと思います。

気づき②:「やる気がない」の裏にあるもの

もうひとつ、見落としていたことがあります。

患者さんは「やる気がない」と言いました。確かにそう聞こえた。でも、その言葉をそのまま受け取った時点で、自分の思考は止まっていたんだと気づきました。

🔑 「やる気がない」の裏にある可能性
  • 痛みやだるさがひどくて、それどころじゃない
  • 以前のリハビリで嫌な経験をした
  • 入院のストレスや先行きへの不安で、気力が削られている
  • 本当は動きたいけど、怖くて踏み出せない気持ちが言葉に出ている

「やる気がない=介入が難しい患者さん」と、短絡的に結論づけていました。でも、もっと正直に言えば——「やる気がない人に、どう関わればいいか分からなかった」のが本音だったのかもしれません。

拒否されることへのストレス。関係性が築けないことへの無力感。うまくいかないことへの焦り。それらを正面から受け止めるかわりに、「この人はやる気がないから仕方ない」と自分に言い聞かせることで、心を守っていた部分がありました。

問題は患者さんではなく、自分の引き出しの少なさ、関わり方の限界にあったのかもしれない。あの日の経験は、そのことを教えてくれました。

揺れることは、ダメじゃない

「やる気がない患者さんに時間を使いたくない」という気持ちは、正直に言えば今でも完全にはゼロではありません。現場にいる限り、完全に消えることはないんじゃないかとも思っています。

でも、あの日から少しだけ変わったことがあるとすれば、その感情に気づいた上で、もう一歩だけ問いを持つようにしたことです。

💬 自分に問いかけること
  • 「この人の『やる気がない』の裏に、何があるんだろう?」
  • 「自分は今、何を見落としているんだろう?」
  • 「この人は、本当は何を怖がっているんだろう?」

感情が湧いたとき、それを打ち消そうとするのではなく、「ああ、今自分はこう感じているんだな」とただ気づく。そして、その感情を横に置きながら、もう一度患者さんの方を向く。

完璧なPTじゃなくていい。揺れることは、ダメなことじゃない。むしろ、「揺れている」ということは、まだ考えようとしている証拠でもあるのではないでしょうか。

揺れた先で思考を止めないこと。感情に気づいた上で、それでも患者さんの方を見ようとすること。そういう姿勢を、少しずつでも持ち続けていたいと思っています。

まとめ

📝 この記事のまとめ
  • 急性期リハビリでの患者拒否は珍しくないが、対応テクニックより先に、自分の内側の感情に気づくことが大切
  • 「やる気がない患者さんに時間を使いたくない」という気持ちは、正直な感情として存在し得る
  • 無意識に患者さんを「評価する側」に立っていないか、振り返る視点が重要
  • 「やる気がない」という言葉の裏には、痛み・恐怖・不安・過去の体験など様々な背景がある
  • 揺れることは弱さではなく、まだ考えようとしている証拠。感情に気づいた上で、患者さんの方を向き続けることが大切

同じような気持ちになったことがある方、いませんか?「こんなことを思う自分は、PTとしてどこかおかしいんじゃないか」と感じたことがある方。もしいたとしたら、あなたは一人じゃないですよ。きれいごとじゃなく、そのことだけは伝えたかったです。

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