はじめに|なぜ「中止基準」を知ることが大切なのか?
運動負荷試験(Exercise Stress Test)は、心臓や肺の機能を動的に評価できる有用な検査であり、心臓リハビリテーションや運動処方を安全に行うための出発点とも言える存在です。
しかし、その一方で――
負荷量が患者の許容範囲を超えてしまえば、重大な有害事象を引き起こすリスクも孕んでいます。
だからこそ、我々理学療法士が**「いつ中止すべきか」という基準を正確に理解し、適切なタイミングで介入を止める判断力**を持つことは、極めて重要です。

今回は、運動負荷試験の中止基準についての記事です。
サクッと見れるように端的に挙げてみました。
この記事では、以下の5つの観点から中止すべき具体的な所見と臨床での注意点を徹底的に深掘りしていきます。
この記事を読むとわかること
- 運動負荷試験の中止基準を、自覚症状・他覚的所見・心拍数・心電図・血圧の5観点から理解できる
- 現場で迷いやすいケースに対して、どのように観察し判断すべきかが分かる
- 安全なリハビリ実施のための“予防的な目線”が身につく
運動負荷試験とは?|理学療法士が押さえておきたい基本事項
運動負荷試験は、トレッドミルやエルゴメーター(自転車)などを用いて、心肺機能がどれだけ運動負荷に耐えられるかを評価する検査です。
実施目的:
- 運動耐容能の評価(VO2peak、METs)
- 心筋虚血の有無や心電図変化の確認
- 運動時の血圧・脈拍反応をみた安全性評価
- リハビリテーションの負荷量設定(運動処方)
特に対象となるのは…
- 心不全や心筋梗塞後、PCI・CABG後の患者
- 運動療法導入前の高リスク高齢者
- 持久力や心肺機能の改善を目的とする全身状態が不安定なケース
運動負荷試験の中止基準【5つの視点から詳しく解説】
1. 自覚症状による中止基準|「患者の声」は最重要情報
主な中止基準:
- 進行性の胸痛(圧迫感・焼けるような痛みなど)
- 強い呼吸困難(Borgスケールで17〜20に相当)
- めまい、立ちくらみ、失神前駆
- 異常な疲労感(安静時よりも急激に悪化する)
- 下肢の痛み・しびれ(間欠性跛行の可能性)
臨床の注意点:
- 「痛い」と言わなくても、顔をしかめたり、息遣いが荒くなっていれば、それは“訴え”です。
- 高齢者では自覚症状の訴えが少ないため、「沈黙の虚血」にも警戒が必要。
- 呼吸数・発話・表情の変化を総合的に観察する習慣を持つと、より早期発見に繋がります。
2. 他覚的所見による中止基準|見た目の異変を見逃すな
主な中止サイン:
- チアノーゼ(唇・爪先が紫色に)
- 顔面蒼白(皮膚血流低下のサイン)
- 発汗(特に冷汗)
- ふらつき、立位保持困難
- 話しかけへの反応が鈍くなる(意識レベルの変化)
臨床の注意点:
- 発汗は温度調整ではなく交感神経亢進の反応と捉える。
- 「顔色が悪くなる」のは、心拍出量が落ちてきている証拠かもしれません。
- 移乗・離床直後に見られた場合でも、症状が持続するなら中止の選択を優先すること。
3. 心拍数による中止基準|数値の裏にある“反応性”を見よ
主な中止基準:
- 運動中に生じる徐脈(HRが下がる)
- 急激な心拍数上昇(目標心拍数を大きく超える)
- 目標心拍数への到達(一般に220-年齢×0.85)
- **ST変化の“傾向”**も重要(運動と連動しているかどうか)
- 特に、労作性ST低下は心筋虚血の可能性大
- 頻脈性不整脈の発現後、心拍数が正常化しない場合は即中止
理学療法士の観察ポイント:
- 徐脈やHR低下は迷走神経反射や洞不全の可能性も。
- β遮断薬など薬剤による影響も含めて、患者ごとの基準を事前に把握しておくことが重要。
- 心拍数の立ち上がりが鈍い、あるいはすぐに下がるケースは心機能のreserveが低いサイン。
4. 心電図(ECG)による中止基準|客観的所見の最重要
主な中止基準:
- ST下降(水平または下降性、2mm以上)
- ST上昇(1mm以上、Q波のない誘導で)
- 心室頻拍・心房細動の新規出現
- 多源性または連発性の期外収縮
- 房室ブロックや脚ブロックの出現
臨床の注意点:
5. 血圧変化による中止基準|心機能低下の“数値サイン”
主な中止基準:
- 収縮期血圧が250mmHg以上に上昇
- 負荷中に10mmHg以上の収縮期血圧低下(相対的低下)
- 運動による血圧反応が乏しい(負荷増加に対して血圧が上がらない)
臨床の注意点:
- 急な血圧低下は心拍出量低下や迷走神経反射によるものかを見極める
- 低血圧だけでなく、反応性のない上昇パターンもリスクサイン
- 血圧測定のタイミングは、安静・ピーク・回復期の3点セットで必ず記録
安全管理の原則|「迷ったら中止」で命を守る
臨床現場では、「あと1分だけ続けよう」「様子を見よう」と判断が遅れがちですが、その1分が患者にとって命取りになることもあります。
中止の判断は、「慎重すぎるくらいがちょうどいい」。
運動負荷試験は安全第一。中止すべき兆候を見逃さない“予防的な観察”が何より大切です。
まとめ|理学療法士が知っておくべき運動負荷試験の中止基準一覧
項目 | 中止基準例 | 注意点 |
自覚症状 | 胸痛・呼吸困難・めまい・下肢痛など | 高齢者では非典型症状も |
他覚所見 | チアノーゼ・顔面蒼白・冷汗・ふらつき | 皮膚色や反応を細かく観察 |
心拍数 | 徐脈・急激な増加・目標HR到達 | β遮断薬の影響を考慮 |
心電図 | ST変化・不整脈・ブロック出現 | 常時モニタリングと連動評価 |
血圧 | 250mmHg超・低下・反応性なし | 数値と同時に全身状態も確認 |