はじめに
心臓リハビリテーション(以下、心リハ)の現場において、運動負荷試験は患者の病態評価と適切な運動処方立案の根幹をなす非常に重要な検査です。特に、心リハ指導士や心不全療養指導士を目指す方、日々の臨床で心疾患患者を担当する理学療法士にとって、その目的やプロトコールの種類、中止基準を深く理解することは不可欠です。
本記事では、ご提供いただいた内容を基に、心リハに携わる医療専門職が知っておくべき運動負荷試験の知識を、より臨床的な視点で再構成・解説します。
- 運動負荷試験の二大目的(診断と運動処方)
- 主要プロトコール3種(一段階・多段階・Ramp)の特徴と使い分け
- 虚血評価ならBruce、運動処方ならRamp(CPX)を選ぶ理由
- 臨床で迷わないための中止基準と禁忌
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心リハにおける運動負荷試験の臨床的意義
運動負荷試験は、単に運動耐容能を測定するだけではありません。臨床現場、特に心リハ領域では、主に以下の二つの目的で施行されます。
- 診断的評価: 特に労作性狭心症に代表される虚血性心疾患の診断を目的とします。安静時には認められない心電図変化(ST-T変化)や胸部症状を運動によって誘発し、冠動脈の有意狭窄の有無を推定します。
- 運動処方のための評価: 心不全や心筋梗塞後などの患者に対し、安全かつ効果的な運動療法を処方するための客観的指標を得ることを目的とします。特に**心肺運動負荷試験(CPX: Cardiopulmonary Exercise Testing)**は、嫌気性代謝閾値(AT)や呼吸性代償点(RCP)といった指標を測定し、個々の患者に最適な運動強度を設定するゴールドスタンダードとされています。
急性期リハビリにおけるADL拡大の安全性確認から、維持期における効果的な運動プログラムの立案まで、運動負荷試験から得られる情報は心リハの質を大きく左右します。
運動負荷試験プロトコールの種類と臨床での使い分け
運動負荷の方法(プロトコール)は、検査目的に応じて選択する必要があります。ここでは主要な3つのプロトコールについて、その特徴と臨床での位置づけを解説します。
1. 一段階負荷(Single-stage exercise test)

一定の運動強度を規定時間維持する、最も基本的なプロトコールです。Master階段試験などが古典的な例です。
- 特徴: 手技が簡便。
- 臨床応用:
- 急性期心リハにおいて、退院後の生活(通勤、家事など)を想定した特定の身体活動の安全性を確認する目的で用いられることがあります。
- ただし、最大運動耐容能やATレベルの評価は困難なため、運動処方作成を目的とした評価には不向きです。
2. 多段階漸増負荷(Multi-stage graded exercise test)

2〜3分ごとに運動強度を段階的に引き上げていくプロトコールです。虚血性心疾患の診断目的で最も広く用いられており、代表的なものにBruce(ブルース)法があります。
- 特徴:
- メリット: 多くの臨床データが蓄積されており、虚血誘発の感度が高いとされています。
- デメリット: 各ステージの負荷増分が大きく(約2-3 METs)、高齢者や心機能低下例には負担が大きすぎる場合があります。また、運動強度の低い領域と高い領域で呼吸循環応答が異なり、ATなどの指標を正確に捉えるのが難しいとされています。
- 臨床応用: 循環器内科での診断目的のトレッドミル試験として、現在も広く採用されています。
3. 直線的漸増負荷(Ramp負荷)

自転車エルゴメーターやトレッドミルを用い、運動強度を切れ目なく滑らかに、直線的に増加させていくプロトコールです。
- 特徴:
- メリット: 個々の患者の予測最大運動能に合わせて負荷上昇率(Work Rate)を細かく設定できるため、過大・過小な負荷を避けられます。これにより、呼吸循環応答が運動強度に対して直線的に反応し、ATやRCPなどの変曲点を正確に同定しやすくなります。
- デメリット: 虚血誘発の感度はBruce法に劣るという報告もあります。
- 臨床応用: 心リハ領域における**心肺運動負荷試験(CPX)**の標準プロトコールです。運動処方作成に不可欠なATポイントを正確に評価するのに最も適しています。


安全管理の要:運動負荷試験の中止基準
安全な検査施行のため、中止基準の理解と遵守は極めて重要です。以下に代表的な中止基準を挙げます。
- 自覚症状: 進行性に増強する胸痛、強い息切れ、強い疲労感、めまい、失神前症状
- 他覚所見: チアノーゼ、顔面蒼白、冷汗、運動失調
- 心電図変化:
- 水平型または下降型ST低下(2mm以上): 広範な心内膜下虚血を示唆。
- Q波のない誘導でのST上昇(1mm以上): 貫壁性虚血(心筋梗塞)を示唆。
- 致死性不整脈: 心室頻拍、心室細動、完全房室ブロックなど。
- 頻拍発作: 心房細動、上室頻拍など血行動態に影響を及ぼすもの。
- 血圧応答:
- 収縮期血圧の低下(10mmHg以上)
- 収縮期血圧の過剰な上昇(例: 250mmHg以上)
禁忌事項の確認:リスクを回避するために
運動負荷試験は患者にリスクを伴う検査です。施行前には必ず禁忌に該当しないかを確認する必要があります。
【絶対的禁忌】原則として施行してはならない
- 急性心筋梗塞発症期(3日以内)
- 不安定狭心症
- コントロール不良の不整脈(血行動態破綻を伴うもの)
- 症候性の重症大動脈弁狭窄症
- コントロール不良の症候性心不全
- 急性肺塞栓症または肺梗塞
- 急性心筋炎・心膜炎
- 急性大動脈解離
【相対的禁忌】リスクと利益を慎重に勘案して判断
- 左主幹部冠動脈狭窄またはそれに準ずる病変
- 中等度の狭窄性弁膜症
- 電解質異常
- 高度房室ブロック
- 閉塞性肥大型心筋症
- コントロール不良の動脈性高血圧(収縮期 >200mmHg, 拡張期 >110mmHg)
まとめ:適切なプロトコール選択が心リハの質を高める
運動負荷試験は、心疾患患者の評価と治療において中心的な役割を担います。
- 診断目的(虚血評価)では多段階漸増負荷(Bruce法など)が、運動処方作成目的では直線的漸増負荷(Ramp負荷を用いたCPX)が第一選択となります。
- 各プロトコールの特性を理解し、患者の病態や検査目的に応じて最適なものを選択することが、質の高い心リハ実践の鍵です。
- 中止基準と禁忌事項を常に念頭に置き、安全管理を徹底することが医療者としての責務です。
本記事で整理した知識が、皆様の明日からの臨床や学習の一助となれば幸いです。