「筋力はそれほど低下していないのに、なぜか動作がうまくいかない」 「歩けるはずなのに、環境が変わると急に動けなくなる」 「何度説明しても同じことを繰り返してしまう」
理学療法の臨床では、このような患者さんに出会うことがあります。
こうしたとき、筋力や関節可動域だけを見ていると、患者さんの「できない理由」を十分に説明できないことがあります。
その背景にあるかもしれないのが高次脳機能です。
高次脳機能は、認知、記憶、情報の選択、判断、学習、行為など、日常生活を行うために必要な知的機能を含んでいます。
高次脳機能障害を「病名」や「検査結果」だけで捉えるのではなく、 「その障害が、実際の動作や活動にどのような影響を与えているのか」 まで考えることが、理学療法では重要です。
① 高次脳機能障害とは?まずは基礎から整理
高次脳機能という言葉を聞くと、「記憶」や「注意」を思い浮かべる人も多いと思います。
しかし、高次脳機能はそれだけではありません。
添付資料では、高次脳機能を、認知、記憶、情報の選択、判断、学習、行為、創造など、 日常生活のさまざまな活動を行うために必要な知的機能の総称として説明しています。
周囲から得た情報を理解し、物体や空間などを認識する働き。
情報を覚え、保持し、必要なときに思い出す働き。
必要な情報に意識を向け、活動に必要な情報を選択する働き。
目的に向かって計画し、実行し、行動を調整する働き。
代表的な高次脳機能障害として、資料では 失語症、失行症、半側空間無視、遂行機能障害、注意障害 などが挙げられています。
高次脳機能障害は、必ずしも一つの障害だけが出現するわけではありません。 脳はさまざまなネットワークで構成されているため、実際の患者さんでは複数の機能が関係していることがあります。
そのため、「この患者さんは注意障害だから動作ができない」と最初から一つに決めつけるのではなく、 「注意機能で説明できるか?」 「半側空間無視ではどうか?」 「記憶の問題ではないか?」 「遂行機能の問題ではないか?」 と複数の視点から考えることが大切です。
② 理学療法士として高次脳機能障害をどう捉える?
ここが理学療法士にとって特に重要なところです。
高次脳機能障害というと、「高次脳機能障害を評価する専門家が評価するもの」と考えてしまうかもしれません。
しかし、理学療法では、立ち上がり、立位、歩行、移乗など、 さまざまな動作の中に高次脳機能が関係しています。
歩行には、身体機能だけではなく、 「周囲を見る」 「必要な情報を選択する」 「次に何をするか判断する」 「動作を計画する」 「実際に行動する」 といった複数の高次脳機能が関係しています。
添付資料では、理学療法で動作を再構築するときには、 現在の身体機能を認識し、場面の状況を判断し、動作プログラムを修正し、 その情報を末梢器官へ伝える必要があると説明されています。
つまり、基本動作そのものを考えるときにも、高次脳機能は重要な役割を担っています。
「この患者さんは動作ができない」 ではなく、 「動作のどの段階で問題が起きているのか?」 と考えてみましょう。
③ まず知っておきたい「注意機能」
高次脳機能を考えるうえで、特に重要なのが注意機能です。
添付資料では、注意機能を高次脳機能の基盤として位置づけています。 注意は心的活動のさまざまな段階に関係しているため、 注意が十分に働かなければ、患者さんがセラピストの指示に従えないことがあります。
注意機能を臨床で捉えるときには、いくつかの構成要素に分けて考えると整理しやすくなります。
刺激に対する感受性や反応性、その持続性。
特定の刺激に注意を集中する能力。
同時に複数のことへ注意を向ける能力。
注意を一定時間維持する能力。
例えば「立ち上がりができない」という患者さんがいた場合、 筋力だけでなく、 「指示に注意を向けられているか?」 「周囲の刺激に気を取られていないか?」 「一つの動作に注意を持続できているか?」 「複数の手順を同時に処理できているか?」 と考えることができます。
④ 高次脳機能障害の評価はどうする?
高次脳機能障害の評価では、 「できた・できなかった」だけで終わらせない ことが重要です。
添付資料では、 「なぜ、どのようにできなかったのか?」 を記録することが治療プログラムを考える手がかりになるとされています。
「何ができないのか?」だけではなく、
「なぜできないのか?」
「どの場面でできないのか?」
「どのような条件ならできるのか?」
「どのような声かけなら反応できるのか?」
まで観察してみましょう。
注意機能の評価
添付資料では、注意機能を評価する方法として以下のような検査が紹介されています。
- 数字の順唱
- 抹消テスト
- かなひろいテスト
- Trail Making Test(TMT)
数字の順唱では、読み上げた数字を順番に再生できる桁数を確認します。
抹消テストでは、複数の刺激の中から標的となる図形を見つけて印をつけます。 妨害刺激の量や質によって難易度が変化するため、集中性・選択性を考える際の手がかりになります。
かなひろいテストは、文字群の中から「あ・い・う・え・お」を探して印をつける課題です。 さらに文章内容を記憶しながら実施することで、配分性注意の評価として利用する方法も紹介されています。
TMTでは、Part-Aで数字や仮名を順番につなぎ、Part-Bでは数字と仮名を交互につなぎます。 資料では、Part-Aは集中性注意、Part-Bは配分性注意の指標として紹介されています。
TMTなら「何秒だったか」だけでなく、 途中でどこを間違えたのか、 指示の理解に問題があったのか、 注意がそれたのか、 課題を最後まで継続できたのかなど、 課題遂行中の様子も一緒に見ることが重要です。
⑤ 半側空間無視の評価をどう考える?
高次脳機能障害の中でも、理学療法士が臨床で遭遇することが多い問題の一つが 半側空間無視(USN)です。
半側空間無視は、大脳半球病巣と反対側の空間に与えられた刺激への知覚や応答が困難になる状態として説明されています。
左USNでは、単純に「左が見えていない」と考えるのではなく、 「左側へ注意を向けにくい」 という視点で捉えることが重要です。
代表的な評価
- 2点発見
- 抹消テスト
- 線分2等分テスト
- 視覚的消去
- 図形模写
- Behavioural Inattention Test(BIT)
- Catherine Bergego Scale(CBS)
USNでは、机上課題だけではなく、 実際の動作場面で左側への注意がどうなっているのか を確認することが大切です。
添付資料でも、BITには通常検査だけでなく行動検査が含まれており、 CBSでは日常生活場面の観察から無視症状を評価するとされています。
動作の中でUSNを見る
例えば歩行時に左側の障害物へ気づかない、車椅子で左側をぶつける、 ベッド上で左側の身体への注意が向きにくいなど、 実際の生活場面でどのような問題が生じているのかを観察します。
「線分2等分テストが陽性だった」という情報だけで終わるのではなく、 「その結果が歩行や移乗、車椅子操作にどう影響しているのか」 までつなげて考えることが理学療法では重要です。
⑥ 記憶障害を理学療法でどう考える?
理学療法では、記憶障害そのものを直接治療する機会は多くないかもしれません。 しかし、運動の指示や動作学習には記憶が関係しています。
資料では、記憶を短期記憶と長期記憶に分け、 長期記憶については近時記憶と遠隔記憶に分けて説明しています。
また、記憶の過程は、 符号化(記銘)→貯蔵(保持)→想起(取り出し) の3段階に大別されています。
「さっき説明したのに、また忘れている」 と感じたとき、 単純に「理解していない」と判断するのではなく、 そもそも情報を覚えられているのか、 保持できているのか、 必要なときに思い出せているのか、 を考えてみることが重要です。
指示を一度にたくさん伝えるのではなく、 単純な動作から反復し、患者さんの状態に合わせて学習する内容を調整することも考えられます。
⑦ 遂行機能障害をどう捉える?
遂行機能とは、目的をもった一連の行動を有効に行うために必要な、 計画・実行・監視などを含む複雑な認知機能 です。
ここで面白いのが、 「身体機能が悪いから動作ができない」とは限らない という点です。
添付資料では、 「歩きましょう」と言われるとなかなか動けない患者さんでも、 「あの椅子まで歩きましょう」と具体的な目標を提示すると歩ける場合が紹介されています。
遂行機能に問題がある患者さんでは、 「歩いてください」という抽象的な指示よりも、 「あの椅子まで歩きましょう」のように、 目標を具体的にしたほうが行動につながる場合があります。
これは新人理学療法士にとって非常に重要な視点です。
動作ができない患者さんを見たときに、 「筋力が足りない」 「バランスが悪い」 と考えるだけではなく、 「そもそも何を求められているのか理解できているか?」 「どうすればその動作ができるのか計画できているか?」 と考えてみましょう。
⑧ 高次脳機能障害に対する理学療法はどうする?
ここまで評価について整理してきました。 では、実際の理学療法ではどのようにアプローチすればよいのでしょうか。
基本となる考え方は、 「障害されている高次脳機能の特徴に合わせて、課題・環境・指示方法を調整する」 ことです。
覚度が低い場合
覚度が不十分な場合には、資料では立位や歩行などの全身運動を行い、 脳全体の活動を高めることを優先する方法が紹介されています。
下肢の支持性が著しく低下している場合には、斜面台を利用した立位練習なども選択肢になります。
全身運動は座位よりも負荷が高くなる場合があります。 特に急性期の患者さんでは、全身状態や循環・呼吸状態などを確認したうえで、 リスク管理を行いながら実施することが重要です。
集中性が低下している場合
集中性が不十分な場合には、 集中しやすい環境をつくること が基本になります。
- 知覚しやすい課題を選ぶ
- 興味を引きやすい課題を選ぶ
- 難易度を上げすぎない
- 良い反応が出たときには肯定的なフィードバックを行う
- 視覚・聴覚的な妨害刺激を減らす
配分性が低下している場合
配分性注意が低下している場合、 複数の動作を同時に行うことが難しくなります。
そこで、いきなり複雑な課題を行うのではなく、 動作を単純な要素に分け、それぞれを反復して習熟させる ことがポイントになります。
「歩きながら周囲を確認する」という複雑な課題をいきなり行うのではなく、 まず歩行そのものを安定させる。 その後、徐々に周囲への注意を加えていく。
このように、患者さんの習熟度に応じて課題を組み合わせていくという考え方ができます。
持続性が低下している場合
注意を長時間維持することが難しい場合には、 最初から長時間の課題を設定するのではなく、 短時間の課題から開始して、徐々に量を増やす ことが考えられます。
また、単調な課題を避け、良い反応に対して肯定的なフィードバックを行うこともポイントになります。
⑨ 半側空間無視に対する理学療法のポイント
USNへの介入では、「左を見てください」と繰り返すだけでは十分とは限りません。
添付資料では、 どちらの空間を操作するか によって症状が変化する可能性があることが説明されています。
左側の刺激に気づきにくいことが問題であれば、左側に気づきやすい刺激を増やす。 一方で右側の刺激に過剰に反応して相対的に左側を無視している場合には、 右側の刺激を減らすことを考えます。
同じ「左側を無視しているように見える」という現象でも、 その背景にある注意の問題や出現する場面が異なる可能性があります。
そのため、患者さんが「どのような状況で」「どのように」左側を見落とすのかを観察し、 それに合わせて介入方法を調整していくことが重要です。
頭部・体幹の位置にも注目する
資料では、USNにおいて頭部と体幹の位置関係によって無視症状が変化する場合が紹介されています。
つまり、評価では「患者さんがどこを見ているか」だけでなく、 頭部・体幹の位置関係と、動作中の身体の向き まで確認してみる価値があります。
⑩ 高次脳機能障害を「動作」とつなげて考える
高次脳機能障害の評価で大切なのは、 検査結果を集めることだけではありません。
理学療法士にとって重要なのは、 その評価結果が実際の動作にどう影響しているのかを考えること です。
指示に注意を向けられない
周囲の刺激に気を取られる
複数の動作を同時に行えない
一側の障害物に気づかない
車椅子操作でぶつかる
歩行時の探索が不十分
動作手順を覚えにくい
前回の練習内容を思い出せない
新しい動作の学習が難しい
何をすればよいか分からない
動作の計画が難しい
具体的な目標があると動きやすい
「高次脳機能障害があります」 で終わらせない。
「高次脳機能の○○が低下しているため、△△という場面で□□という動作上の問題が生じている」 と考えてみましょう。
⑪ 評価から治療へつなげる考え方
高次脳機能障害の理学療法では、 「評価」と「治療」を別々に考えないことが重要です。
例えば、歩行中に左側の障害物へぶつかる患者さんがいたとします。
そこで「左USNがある」と判断して終わりではなく、 どの場面で左側への注意が向かないのか、 静止した状態でも左側を見落とすのか、 歩行中だけ見落とすのか、 注意が低下すると症状が強くなるのか、 などを観察します。
そして、その結果をもとに、 環境を変える、 課題を簡単にする、 左側への刺激を増やす、 動作を分解する、 声かけを具体的にする、 といった介入につなげます。
⑫ まとめ|高次脳機能障害を「動作の問題」として捉える
高次脳機能障害は、記憶や注意だけの問題ではありません。 認知、注意、記憶、判断、学習、行為、遂行機能など、 私たちが日常生活を送るためのさまざまな機能が関係しています。
理学療法士にとって重要なのは、 高次脳機能障害の有無だけを確認することではありません。
「どの高次脳機能が、どの程度低下しているのか?」
そして、
「その低下が、実際の動作や活動にどのような影響を与えているのか?」
まで考えることが重要です。
患者さんの動作がうまくいかないとき、 まず筋力やROMだけを見るのではなく、 「注意は向いているかな?」 「指示を覚えていられるかな?」 「左側に気づいているかな?」 「何をすればいいのか理解できているかな?」 と一度考えてみてください。
それだけでも、患者さんの「できない理由」の見え方が変わってくることがあります。
杉本 諭.高次脳機能障害に対する理学療法. 理学療法学.2017;44 Suppl. No.1:52-56.
本記事では、添付資料の内容をもとに、高次脳機能の基礎、 注意機能、半側空間無視、記憶、遂行機能、 理学療法における評価・介入の考え方を整理しています。
