はじめに
「リハビリ前の血圧測定、いつも“なんとなく”で済ませていませんか?」
臨床現場で毎日のように目にする「血圧」という数値。しかし、その数値が持つ本当の意味を理解し、リスク管理や治療プログラムに活かせている理学療法士は、どれくらいいるでしょうか。
この記事では、血圧の基礎知識から、明日からのリハビリにすぐ使える臨床的な視点までを網羅的に解説します。血圧を「意味ある数値」として読み解き、あなたの臨床力を一段階引き上げるための一助となれば幸いです。
“なんとなく”で済ませてない?血圧の本質
リハビリ開始前のバイタルチェック。血圧を測り、「125/78mmHg、よし正常範囲内!」と確認して、それで終わり。そんなルーティンになっていませんか?
しかし、プロの理学療法士はそこから一歩踏み込みます。
- なぜ、この患者さんの血圧は昨日と比べて少し高いのだろう?
- この運動負荷で、血圧はどの程度上昇すると予測できるか?
- もし異常な変動を示した場合、何を疑い、どう行動すべきか?
血圧は、患者さんの身体が発する「声なきメッセージ」です。そのメッセージを正しく読み解くことが、安全で質の高いリハビリテーションを提供する鍵となります。
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血圧とはそもそも何か?|定義と構造的な理解
まずは基本の「キ」からおさらいしましょう。
血圧とは、シンプルに言えば**「心臓から送り出された血液が、血管の内壁を押す力(圧力)」**のことです。この圧力は、心臓の動きに合わせて常に変動しています。
- 収縮期血圧(SBP:上の血圧)
心臓が「ギュッ」と力強く収縮し、全身に血液を送り出す瞬間の、最も高い圧力。 - 拡張期血圧(DBP:下の血圧)
心臓が「フワッ」と広がり、血液を溜め込んでいる瞬間の、最も低い圧力。
そして、この血圧がどのように決まるのかを理解する上で欠かせないのが、この公式です。
血圧 = 心拍出量(CO) × 総末梢血管抵抗(TPR)
- 心拍出量:心臓が送り出す血液の量。運動などで心拍数が上がれば増加します。
- 総末梢血管抵抗:手足の細い血管の「通りにくさ」。動脈硬化で血管が硬くなったり、寒さで血管が収縮したりすると抵抗は上がります。
この公式を頭に入れておけば、「なぜ高齢者は血圧が高くなりやすいのか」「なぜ運動すると血圧が上がるのか」といった臨床的な現象を、生理学的に説明できるようになります。
【正常値と日内変動】
一般的に、正常血圧は120/80mmHg以下とされています(高血圧治療ガイドライン2019)。しかし、血圧は一日の中でも変動(日内変動)します。早朝に低く、日中の活動とともに上昇し、夜間の睡眠中に最も低くなるのが典型的なパターンです。このリズムを知っておくことも、評価の上で重要です。
なぜ血圧は重要なのか?|生理学的・臨床的に押さえる理由
私たちが血圧を重要視する理由は、それが生命維持と直結しているからです。
- 脳・心・腎を守る「血圧の役割」
血圧は、脳や心臓、腎臓といった重要な臓器に、常に安定して血液を供給するための「送水ポンプの圧力」のようなものです。 - 高すぎても低すぎても危険
- 高血圧:常に高い圧力がかかると血管が傷つき、動脈硬化が進行します。結果として、脳卒中や心筋梗塞といった命に関わる病気のリスクが跳ね上がります。
- 低血圧:臓器に十分な血液が届かず、めまい、ふらつき、失神などを引き起こします。重症化すると臓器機能不全に陥る危険もあります。
- 急変リスクの予兆としての血圧
リハビリ中の血圧の異常な変動は、心不全の増悪や脱水、自律神経の不調など、水面下で起きている問題のサインかもしれません。血圧は、目に見えない内部リスクを察知する早期警戒システムなのです。だからこそ、私たちはリハビリ介入前に必ず血圧を確認します。


理学療法士が知っておくべき「血圧の見方」
数値を記録するだけでなく、その背景にある「文脈」を読むことが、理学療法士の専門性です。
起立性低血圧の見逃しに注意
長期臥床後や高齢者で特に注意が必要なのが**「起立性低血圧」**です。
【判断基準の目安】臥位から立位(または座位)になって3分以内に、収縮期血圧が20mmHg以上、または拡張期血圧が10mmHg以上低下する状態。
臥位で血圧が正常でも、起き上がった途端に血圧が急低下し、めまいや転倒につながるケースは後を絶ちません。離床時には必ず臥位と立位(座位)の両方で測定し、比較する習慣をつけましょう。
離床・訓練中の血圧変動と対応
リハビリ中の血圧変動は、「生理的な反応」か「危険なサイン」かを見極めることが重要です。
- 安全な反応の例:有酸素運動に伴い、収縮期血圧が緩やかに上昇する。
- 危険なサインの例(リハビリ中止を検討):
- 軽い運動にもかかわらず、血圧が過度に上昇する(例:SBP > 180-200mmHg)。
- 運動しているのに、逆に血圧が低下する。
- 脈圧(収縮期と拡張期の差)が極端に小さくなる(< 20mmHg)。
- 胸痛、冷や汗、強い動悸などの自覚症状が出現する。
※中止基準は施設により異なるため、自施設の基準を必ず確認してください。
「ちょっと高い」「ちょっと低い」が意味すること
「いつもより少し高いけど、まあいいか」では不十分です。
- いつもより高い場合:痛みがある?トイレを我慢している?不安や緊張が強い?
- いつもより低い場合:脱水気味?睡眠不足?新しい薬の影響?
これらの背景をアセスメントし、他のバイタルサイン(脈拍、SpO2など)や表情、顔色といった情報と統合して考えることで、見えなかったリスクが見えてきます。
血圧測定の実際|正しい方法と“やってはいけない測定法”
正確なアセスメントは、正確な測定から。基本ですが、徹底しましょう。
- 環境と姿勢:静かな部屋で5分程度安静にした後、背もたれのある椅子に座り、足を組まず、腕を心臓の高さに保って測定します。
- 腕帯(カフ)の重要性:腕の太さに合わないカフを使うと、測定値は不正確になります。(カフが細いと高めに、太いと低めに出る)。カフは素肌か薄手のシャツの上から、肘のしわの2〜3cm上に巻きます。
- 測定時の注意:測定中は会話や動作を控えるよう説明します。麻痺側やシャント、点滴のある腕での測定は避けましょう。
病態別にみる血圧管理の考え方
疾患によって、目標とする血圧や注意点は異なります。
- 心不全:血圧は心臓への負荷を示す指標。高すぎても低すぎても心臓には負担です。運動中の急激な血圧上昇には特に注意し、負荷量を慎重に調整します。
- 脳血管疾患:脳梗塞の急性期などでは、脳の血流を保つために**あえて高めの血圧を維持する(Permissive Hypertension)**ことがあります。医師の指示する目標血圧を必ず確認し、自己判断で「高すぎる」と決めつけないことが重要です。
- 整形外科疾患:術後の**痛み(疼痛)**は血圧を上昇させる大きな要因です。痛みのコントロール状況と合わせて血圧を評価しましょう。また、術後早期の離床では起立性低血圧に最大限の注意を払います。
- 糖尿病・腎疾患:これらの合併症がある場合、将来的な心血管イベントを防ぐため、**より厳格な血圧コントロール(例:130/80mmHg未満)**が求められることが多くなります。
ケーススタディ|こんな血圧変動、あなたならどうする?
【Case 1】起立時にSBPが20mmHg以上低下したケース
- 対象: 70代男性、肺炎で2週間臥床後。臥位で132/70mmHg。端座位になると「少しクラっとする」と訴え。測定すると108/65mmHg。
- 思考と判断: 収縮期で24mmHg低下しており、起立性低血圧と判断。このまま立位練習に進むのは転倒リスクが高くなるためもう少し様子を観察しよう。
- 対応: 無理せず臥位に戻し、症状が落ち着くのを待つ。次回からは、段階的にギャッジアップを行う、下肢の自動運動を促してから起きる、などの対策を講じる。
【Case 2】運動後に急激に血圧上昇した脳梗塞後の患者
- 対象: 60代男性、脳梗塞後左片麻痺。平行棒内歩行練習後、血圧が195/105mmHgに上昇。顔が紅潮しているが本人の訴えはなし。
- 思考と判断: 運動負荷に対して血圧の反応が過剰。麻痺による代償動作(連合反応)が強く出て、全身に不要な力みが生じている可能性。無症状でも脳出血のリスクを考慮すべき危険な状態。
- 対応: 直ちに歩行を中止させ、椅子で安静に。深呼吸を促す。血圧が落ち着くまでリハビリは再開しない。次回の練習では、運動強度を下げ、代償動作を抑制するような声かけや介助を工夫する。
【Case 3】収縮期130でも顔面蒼白・冷汗を呈したケース
- 対象: 80代女性、心不全の既往あり。訪室時、血圧は130/85mmHgだが、顔色が悪く冷や汗をかいている。脈拍は115回/分と速い。
- 思考と判断: 血圧の数値は一見正常範囲。しかし、顔面蒼白・冷汗・頻脈という他のサインが「異常」を強く示唆している。これは、低下した心機能を補うために交感神経が過剰に働き、必死で血圧を維持している危険な状態(ショックの代償期)かもしれない。
- 対応: 即座にリハビリは中止。ベッドで安静を保ち、速やかに看護師・医師に「血圧は130台ですが、頻脈と冷汗があり状態がおかしいです」と具体的な観察所見を添えて報告する。

まとめ|“血圧を診る”ことは、理学療法士の臨床力の証
バイタルチェックは、ただの作業ではありません。血圧という一つの数値から、患者さんの背景にある病態、心理状態、その日の体調までを読み解き、リスクを予測する高度な臨床推論そのものです。
血圧は、患者さんの身体からの大切なサイン。そのサインの意味を深く理解し、アセスメントに活かせるかどうか。それが、理学療法士としての臨床力を大きく左右します。
この記事を参考に、明日からの臨床で、ぜひ血圧の「質」を見抜く視点を持ってみてください。
読者への問いかけ|あなたの“血圧の見方”、アップデートできそうですか?
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
もう一度、胸に手を当てて考えてみてください。
「あなたの血圧の見方は、本当に大丈夫ですか?」
一歩踏み込んだ評価を実践すれば、あなたの臨床はもっと安全で、もっと深みのあるものに変わるはずです。
ぜひ、あなたが経験したヒヤリとした症例や、血圧管理に関する日頃の悩みなどをシェアしてください。 みんなで学び合い、高め合っていきましょう!