はじめに:その「お休み」は、患者さんのためになっているか?
急性期や回復期の病棟で、私たちは日々こんな場面に遭遇します。
「先生、昨日のリハビリの後から、足がパンパンで痛いんですよ」
患者さんの顔には不安が浮かんでいます。カルテを開くと、今朝の採血データでCRPが少し上昇している。CK(クレアチンキナーゼ)も基準値より高い。
このとき、理学療法士の頭の中では、激しい葛藤が起きます。
- 「負荷をかけすぎたか? 炎症が悪化しているのか?」
- 「ここで無理をして、急変させたら責任問題だ」
- 「とりあえず今日はベッドサイドで軽めの運動にしておこう」
この判断は、リスク管理として決して間違いではありません。しかし、もしその痛みが「回復に必要な生理的反応(DOMS)」であり、血液データの上昇が「筋肉痛とは無関係なノイズ」だったとしたらどうでしょうか?
私たちは「過剰な安全策」をとるあまり、患者さんの回復の機会を奪っている可能性があるのです。
今回は、臨床で迷う「筋肉痛と血液データ(CRP・CK)」の真の関係について、エビデンスベースで少し深掘りして解説します。
誤解①:「CRPが高い=筋肉の炎症が強い」ではない
まず、多くの理学療法士が抱く誤解の一つに「筋肉痛(炎症)があるなら、CRPは上がるはずだ」というものがあります。
しかし、近年の研究論文を見ていくと、この常識は覆されます。
例えば、Isaacs AW, et al. (2019) の研究では、運動後の筋肉痛や筋機能低下とCRPの関係が調査されました。その結果わかったのは、「CKが極端に高くなるような重度の筋損傷がない限り、CRPはほとんど上昇しない」という事実です。
なぜ、あんなに痛いのにCRPは上がらないのか?
これには明確な理由があります。
- CRP(C反応性蛋白): 肝臓で作られ、全身性の炎症(感染症や術後侵襲など)を反映するマーカー。
- DOMSの炎症: 筋線維レベルでの微細な損傷と修復過程における、極めて局所的な反応。
つまり、DOMS程度の局所炎症では、全身の血中CRP濃度を押し上げるほどのインパクトがないのです。
【POINT】「筋肉痛があるのにCRPが正常」は異常ではありません。逆に、「筋肉痛があってCRPが高い」場合は、「筋肉痛以外の原因(感染症など)」や「単なる筋肉痛を超えた重篤な筋壊死」を疑う視点が必要です。CRPを「筋肉痛のバロメーター」として使うのはやめましょう。
誤解②:「CKが高い=リハビリ中止」の落とし穴
次に気になるのが、筋原性酵素であるCK(CPK)です。「筋肉が壊れると出る酵素」ですから、これこそ筋肉痛の指標になりそうですよね。
確かにCKは筋損傷を反映します。しかし、Margaritelis NV, et al. (2015) などの研究が示すように、CKには臨床判断を狂わせる「2つのクセ」があります。
1. ピークが遅れてやってくる
CKが最高値に達するのは、運動直後ではなく24〜72時間後です。つまり、今日見ている採血データは「昨日の筋肉の状態」ではなく、「数日前の運動の結果」かもしれません。現在の症状とタイムラグがあるのです。
2. 痛みと数値がリンクしない
これが最も厄介ですが、「CKが数千まで上がっているのに、痛みはそれほどでもない」というケースや、逆に「CKは数百なのに、激痛で動けない」というケースが頻繁に起こります。
CKの値だけで「300を超えたからリハビリ中止」「500だから絶対安静」といった機械的な基準を作ってしまうと、本来動けるはずの患者さんを寝たきりにさせてしまうリスクがあります。
最新レビューが示す「バイオマーカー」の立ち位置
では、最近のスポーツ医学やリハビリテーションの論文では、これらをどう扱うべきだと結論づけているのでしょうか?
2023年のレビュー論文(Haller N, et al.)などが提唱しているのは、「バイオマーカー(検査値)は、あくまで補助輪である」という考え方です。
決定権を持つのは「数値」ではなく、以下の要素です。
- 主観的評価: 痛みの質、疲労感
- 機能的評価: 筋力低下の有無、動作パターンの変化
- 臨床的背景: 基礎疾患、トレーニング歴
これらを総合的に評価した上で、「自分の仮説を裏付けるため」に検査値を見る。この順序が逆転してはいけません。
「データが高いから見ない」ではなく、「患者さんを見て、違和感があったらデータで確認する」。これが、プロの理学療法士のスタンスです。
知識を「現場の判断」に変えるために
ここまで読んで、「なるほど、数値に振り回されなくていいんだ」と少し安心されたかもしれません。
しかし、明日からの臨床で、
「じゃあ具体的に、どの程度の痛みならリハビリを続けていいの?」
「CKが急上昇したとき、医師には何と報告して指示を仰げばいい?」
「見逃してはいけない危険な筋肉痛(横紋筋融解症など)のサインは?」
といった、具体的なアクションプランがないと、結局また迷ってしまうことになります。
そこで、私が運営するNote(メンバーシップ)では、今回の記事の内容をさらに臨床向けに落とし込んだ記事を作成しました。
▼ メンバーシップ限定記事の内容
• 筋肉痛時のリハビリ判断フローチャート
• 翌日のリハビリを「やる・休む・落とす」の3択で迷わないための決定木。
• 【解説】絶対にリハビリを止めるべき「Red Flag」リスト
• 単なるDOMSと、危険な筋障害を見分ける具体的な症状リスト。
• 【実践】医師・患者さんへの説明テンプレート
• 「数値は高いですが、〇〇という理由でリハビリを継続します」と論理的に伝えるための会話例。
• 【深掘り】主要論文の要点解説
• 記事内で紹介した論文のエッセンスを、日本語でわかりやすく要約。
「なんとなくの経験則」から「エビデンスに基づいた論理的なリハビリ」へ。自信を持って強度設定を行いたい理学療法士の方は、ぜひ本編をご覧ください。
▼ 続きはこちらから


