はじめに:素朴だけど本質的な問い
「先生、リハビリって、なんのためにやるんですか?」
この言葉は、ある日担当していた患者さんが、ふとした瞬間に口にした一言です。
いつも通りリハビリを進めていたなかでの唐突な問いに、私は少し戸惑いながらも、すぐには答えられませんでした。正解でもなければ間違いでもないような、そんな返答をしていました。
理学療法士として働いていると、リハビリは日常であり、当たり前のように提供している医療行為です。
けれど、患者さんにとってリハビリは非日常であり、
「何のためにやっているのか」
「どこに向かっているのか」
わからないまま続けている方も少なくありません。
リハビリはなんのためにやるのか考えてみましょう
この質問をきっかけに、私は改めて“リハビリの本当の意味”について考えるようになりました。
そして、日々の臨床の中で見えてきたのは、リハビリには「その人にとっての意味」が存在するということです。
今回は、実際の経験や考えをもとに、「リハビリってなんのためにやるのか?」という問いに向き合い、読者の皆さんと一緒に考えていきたいと思います。
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よくあるイメージ:「リハビリ=筋トレや歩行練習?」
リハビリという言葉を聞いて、何を思い浮かべるでしょうか?
多くの方は、ベッドの横で足を動かす練習をしたり、杖をついて歩いている場面をイメージするかもしれません。
中には、「痛いことをされる訓練」としてネガティブな印象を持っている人もいるでしょう。
確かに、筋力トレーニングや歩行練習は、リハビリの重要な一部です。しかし、それがリハビリの「すべて」ではありません。
その動きを使って何をしたいか
私たち理学療法士が本当に目指しているのは、「動かすこと」そのものではなく、
“その動きを使って、何をしたいか”
という目的の実現です。
たとえば、歩行練習の目的が「ただ歩けるようになること」で終わってしまっては、日常生活には繋がりません。
その人が「自分の足でトイレに行きたい」「家の中を歩けるようになりたい」「もう一度散歩に出かけたい」と思っているなら、そこを目指す必要があります。
リハビリとは、単なる筋トレでも、運動でもなく、
「自分の生活を取り戻す」ための手段であるということ。
この視点を持つだけで、見えてくるものは大きく変わります。
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理学療法士が考える“リハビリの目的”とは
リハビリの目的について考えるとき、私は大きく3つの視点を大切にしています。
① 身体機能の回復(機能の再獲得)
これはリハビリのもっとも基本的な目的です。
怪我や病気で落ちてしまった筋力、関節の可動域、バランス能力、姿勢保持能力などの身体的機能を、できるだけ元の状態に近づけること。
たとえば脳卒中で麻痺が出た方には、運動や感覚の再教育を通して、麻痺側の機能を回復させていきます。
骨折後であれば、固まってしまった関節を動かし、失った筋力を取り戻すことが目標になります。
しかし、ここで終わってしまっては不十分です。
身体が少しずつ回復しても、それを“生活の中でどう活かすか”がなければ、意味がないからです。
② 日常生活動作(ADL)の再構築
ADL(Activities of Daily Living)とは、食事・着替え・排泄・入浴・移動など、日常生活を送るために必要な基本動作のことです。
リハビリでは、このADLが自分で行えるようになることを大きな目標としています。
「立てるようになった」ではなく、

立ってトイレに行けるようになった
「手が上がるようになった」ではなく、

手を使って服が着られるようになった
この“生活へのつながり”が、リハビリを意味あるものに変えていきます。
③ その人らしい生活・社会参加の実現
私がもっとも大事にしている視点が、ここです。リハビリは、ただ「できること」を増やすのではないです。
「その人が大切にしてきたこと」
「その人らしい生活」
これらを取り戻すためのプロセスです。
趣味を再開したい、家事を自分でこなしたい、職場に戻りたい、旅行に行きたい――
その願いを叶えるために、私たちは身体的な回復だけでなく、心理的・社会的な側面も含めてサポートしていきます。
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エピソードから:靴を履くことが目標になった日
ある80代の女性の患者さん。大腿骨を骨折し、手術後のリハビリのために入院されているとします。
初めて出会ったとき、彼女はとても落ち込んでいて、「もう年だから…」と何度も口にしていました。
理学療法を進めていく中で、なんとか起き上がる・立ち上がる・歩くといった基本動作は少しずつ改善してきましたが、なかなかリハビリへの意欲が高まらない。
そんなある日、彼女は私にこう言いました。
「自分の靴を、自分で履いて出かけたいのよ」
その言葉には、「人に頼らず外に出たい」という強い気持ちが込められていました。
それ以来、私たちは「靴を履いて外に出る」ことを一緒の目標にすることにしました。
リハビリの内容も変わりました。
足を上げる筋トレだけでなく、座って靴を履く練習、しゃがむ練習、靴べらの使い方練習など、生活に即した動作を中心に取り入れていきました。
すると、彼女の表情がどんどん明るくなっていき、最終的には笑顔で「これで出かけられるね」と話してくれました。
リハビリの目的は、ただ機能を回復させることではなく、「その人が大切にしている日常」を取り戻すことなんだと。
改めて考えさせられます。
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リハビリの目的に迷ったら──「あなたは何をしたいですか?」
リハビリは、ときに辛く、しんどいものです。
痛みがあったり、思うように体が動かなかったり、精神的に落ち込んだり…。
そんなとき、多くの人が「なぜリハビリを続けなければならないのか」と悩むことになります。
そんな時こそ、私は患者さんにシンプルな問いを投げかけます。
「今、どんなことができたら嬉しいですか?」
「どんなふうに生活したいと思いますか?」
この質問に、明確な答えが返ってくることもあれば、最初はうまく言葉にならないこともあります。
でも、一緒に考えていく中で、少しずつその人にとっての“希望”が見えてきます。
リハビリのゴールは医療者が決めるものではありません。
あくまでも、本人の思いや価値観をベースに作り上げていくものです。
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かおわりに:あなたにとっての“リハビリの意味”を考えてみてください
「リハビリって、なんのためにやるの?」
この問いに対する答えは、一人ひとり違います。
答えが一つではないからこそ、私たち理学療法士は、その人ごとの「意味」を一緒に探しながら歩んでいく必要があるのだと思います。
誰かにとっては、「家に帰ること」かもしれない。
誰かにとっては、「もう一度、趣味を楽しむこと」かもしれない。
そしてある人にとっては、「ただ自分で靴を履いて外に出ること」かもしれない。
私たちは、その「想い」に寄り添い、「できるかも」を「できた」に変えていく存在でありたい。
そう願いながら、今日もリハビリ室で患者さんと向き合っています。
ここまで読んで頂きありがとうございました。