ICUの”寝たきり”を防ぐ鍵は理学療法士?人工呼吸器の合併症(VAE)をゼロにした驚きの研究

呼吸リハビリ

ICUの患者さん、本当に「安静第一」がベスト?

「集中治療室(ICU)の患者さん」と聞くと、たくさんの機械に囲まれ、ベッドの上で安静にしている姿を思い浮かべる方が多いかもしれません。

確かに、重篤な患者さんにとって安静は重要です。しかし、その「過度な安静」が、かえって筋力の低下(廃用症候群)を招き、社会復帰を遅らせる原因になっているとしたらどうでしょうか?

近年、医療の世界では「ICU早期リハビリテーション」の重要性が叫ばれています。これは、ICUに入室した直後の、できるだけ早い段階からリハビリを開始し、患者さんの回復を最大限にサポートする取り組みす。

しかし、人工呼吸器を装着した患者さんへのリハビリはリスクも伴うため、現場では「どこまで動かしていいのか?」という戸惑いがあるのも事実です。

そんな中、「ICUに専従の理学療法士を配置したら、ある重大な合併症がゼロになった」という、非常にインパクトのある日本の研究論文が発表されました。

今回はこの論文(金 達郎先生 他, 呼吸療法 2025; 42: 91-93)を基に、これからの集中治療のあり方を考えていきたいと思います。

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まず知っておきたいキーワード「VAE」って何?

この研究を理解する上で、1つだけ専門用語を知っておく必要があります。それが「VAE(人工呼吸器関連事象)」です。

難しそうに聞こえますが、中身はシンプルです。

VAE(Ventilator-Associated Events)とは?人工呼吸器を使っていることで起こる、肺炎などの呼吸状態の悪化を、客観的な基準(酸素の必要量が増えたか、など)で評価するための「世界共通のものさし」です。

以前は「人工呼吸器関連肺炎(VAP)」という指標が使われていましたが、診断が医師の主観に左右されやすいという課題があったようです。VAEは誰が見ても同じ基準で判断できるため、チーム全員が「合併症を防ぐ」という同じ目標に向かうための共通言語として非常に重要となります。

何が変わった? 理学療法士がいるICU vs いないICU

この研究が行われたのは、ある救命救急センターのICU。
理学療法士の配置体制を「前期」と「後期」で比較し、患者さんにどのような変化があったかを調査しました。

【Before】理学療法士がいない時期(前期)

  • ICU専従の理学療法士(ICU-PT)は 0名
  • カンファレンスは週1回の定例のみ
  • リハビリは依頼があった時だけ介入

【After】理学療法士を配置した時期(後期)

  • ICU専従の理学療法士(ICU-PT)を 2名配置
  • 週1回の定例に加え、必要な時にいつでもカンファレンスを実施
  • 必要に応じて1日に複数回介入
  • リハビリ以外の時間も、看護師と連携して体位交換やベッドから起き上がる練習を積極的に実施

理学療法士が常にICUにいることで、医師や看護師との連携が劇的に密になり、患者さん一人ひとりの状態に合わせた、きめ細やかなケアが可能になったことが分かります。

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驚きの結果!合併症はゼロに、でも新たな疑問も…

さて、いよいよ研究の結果です。理学療法士を配置したことで、驚くべき変化が起きました。

【ポジティブな変化①】リハビリ開始が早くなった!

入院してからリハビリを始めるまでの期間が、中央値で2日から1日に短縮されました。
この「1日の差」が、重症患者さんの予後を大きく左右します。

【ポジティブな変化②】人工呼吸器の合併症(VAE)がゼロになった!

これが最も衝撃的な結果です。
前期では2.7%の患者さんに発生していたVAEが、後期ではなんと0%に。1例も確認されなかったのです。これは、理学療法士を中心としたチームの介入が、呼吸器合併症の予防に直接的に貢献したことを強く示唆しています。


【個人的考察】…なぜ人工呼吸器の装着期間は延びたのか?

しかし、この研究には一つ、興味深い「謎」があります。
通常、合併症が減れば人工呼吸器も早く外せそうですが、この研究では逆に装着期間が中央値で6日から8日へと有意に長くなっていました。

論文でも「原因は不明」とされていますが、ここにこそICUにおける理学療法の本質が隠されているのかもしれません。私なりに3つの仮説を立ててみました。

  • 仮説1:「より安全に」を追求した結果?
    合併症ゼロという安全性を最優先し、チームが「焦って外すよりも、万全の状態で離脱させよう」と、より慎重な判断を下すようになったのかもしれません。
  • 仮説2:救える患者さんが増えたから?
    理学療法士の介入によってチーム全体のケアの質が向上し、これまでなら救えなかったような、より重症な患者さんを救命できるようになった。その結果、全体の平均装着日数が延びた、という可能性も考えられるのでは?と思いました。
  • 仮説3:リハビリの「質」が変わったから?
    ただ呼吸器を外すだけでなく、その後の「歩いて家に帰る」ことまでを見据えた、より質の高いリハビリを行うために、呼吸状態が完全に安定するまで少し長く管理する方針に変わった?例えば、立位、歩行訓練を開始するためにあえて人工呼吸器装着下で行う方がより安全だと判断された?などでしょうか。

真実は分かりませんが、いずれにせよ「数字だけでは測れないケアの質の変化」が現場で起きていたことは間違いないのでないでしょうか。

まとめ:これからのICUに理学療法士が必要な理由

今回の研究が私たちに教えてくれることは、非常に明確です。

  1. ICU専従理学療法士は、リハビリを早期に開始し、重大な合併症(VAE)を防ぐ上で極めて重要な役割を果たす。
  2. 密な多職種連携こそが、集中治療の質を高めるエンジンになる。
  3. VAEのような客観的指標は、チーム医療の質を改善するための強力なツールとなる。

これからの集中治療は、単に命を救うだけでなく、「その後の人生の質(QOL)まで見据えたケア」が求められます。その中心的な役割を担うのが、他ならぬ理学療法士なのです。

この記事を読んでくださったあなたの病院のICUには、患者さんの未来を一緒に作る理学療法士がいますか?

この小さな研究が、日本の集中治療をさらに良くするための、大きな一歩になることを心から願っています。

参考文献

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