はじめに
脳血管疾患を担当する理学療法士(PT)や学生の皆さん。
脳画像の読影をしていて、「視床の場所はなんとなくわかるけれど、細かい核や機能までは自信がない…」ということはありませんか?
視床は、脳の深部に位置する小さな器官ですが、その役割は非常に重要です。単なる「感覚の中継点」だけではなく、運動の制御や覚醒レベルの維持にも深く関わっています。
臨床において、視床出血や視床梗塞の患者さんのリハビリを進める際、視床の解剖学的知識がなければ、正確な予後予測やアプローチの立案は困難です。
この記事では、教科書的な知識だけでなく、臨床に直結する視床の解剖と神経伝導路について、新人PTや学生さんにもわかりやすく解説します。
「VPL核」や「VL核」といった苦手意識を持ちやすい用語も、役割と一緒に整理してしまいましょう。
そもそも「視床」とは?PTが押さえるべき役割
視床(Thalamus)を一言で表すと、脳における「最強の中継地点(リレーセンター)」です。
末梢からの情報や他の脳部位からの情報は、ほとんどが一度この「視床」を経由して大脳皮質へと送られます。理学療法士として押さえておくべき主な役割は以下の3つです。
- 感覚の中継: 嗅覚を除くすべての感覚(視覚・聴覚・体性感覚)を大脳皮質へ送る。
- 運動制御の調節: 小脳や大脳基底核からの情報を受け取り、運動野へフィードバックする。
- 覚醒レベルの維持: 脳幹網様体と連携して、意識を保つ(網様体賦活系)。
視床が損傷されると、感覚障害だけでなく、運動失調や意識障害など多彩な症状が出現するのは、このように多岐にわたるネットワークの中心に位置しているからです。
【解剖】臨床で絶対に必要な「視床の4つの核」

視床には数多くの神経核が存在しますが、PTが臨床で頻繁に遭遇し、必ず覚えておくべきなのは以下の4つ(+α)です。ここを理解すると、脳画像を見る目が変わります。
感覚を司る核(VPL核・VPM核)
感覚障害の予後予測において最も重要な核です。
- VPL核(後外側腹側核)
- 役割: 首から下の体幹・四肢の感覚(温痛覚、深部感覚、触覚)を中継します。
- 投射先: 一次体性感覚野(頭頂葉)。
- 臨床: ここの障害で、対側の手足に重度の感覚障害が生じます。
- VPM核(後内側腹側核)
- 役割: 顔面の感覚を中継します。
- 投射先: 一次体性感覚野。
- 臨床: 顔面の痺れや感覚鈍麻がある場合、この領域の影響を疑います。
覚え方のコツ体の外側(手足)からの情報は、視床の外側(VPL)へ。体の内側(顔面)からの情報は、視床の内側(VPM)へ入るとイメージしましょう。
運動を調整する核(VA核・VL核)
「感覚は保たれているのに動きが悪い」という場合、ここの障害が疑われます。
- VA核(前腹側核)
- 役割: 大脳基底核からの入力を受け、運動の企画・開始に関与します。
- VL核(外側腹側核)
- 役割: 小脳からの入力を受け、運動の調整(協調性)に関与します。
- 臨床: ここの障害は「視床性運動失調」や振戦(ふるえ)の原因となります。
その他の重要な核
- 視床枕(Pulvinar)など: 視床の後方に位置し、視覚や高次脳機能(注意機能)に関与します。また、この後外側領域の障害は、Pusher現象(プッシャー症候群)との関連が強いと言われています。


視床を通る主要な「神経伝導路」の整理
核の場所がわかったところで、そこを通る「道(神経伝導路)」を整理しましょう。
「どこから来て、どこへ行くか」がわかれば、症状のメカニズムが見えてきます。
上行性伝導路(感覚のルート)
感覚情報は、脊髄や脳幹を通って視床へ入り、そこから大脳皮質へ向かいます。
- 外側脊髄視床路(温痛覚・粗大触覚)
- 脊髄 → 視床VPL核 → 体性感覚野
- 後索-内側毛帯路(深部感覚・精細触覚)
- 延髄(後索核) → 内側毛帯 → 視床VPL核 → 体性感覚野
- 三叉神経視床路(顔面の感覚)
- 三叉神経脊髄路核など → 視床VPM核 → 体性感覚野
★臨床のポイント
内包後脚の後方には、これらの視床から出る感覚線維が密集しています。視床出血が内包へ波及した場合、運動麻痺に加えて重度で永続的な感覚障害が残存するリスクが高まります。
運動制御のループ回路
運動麻痺はないのに「うまく動けない」ケースでは、以下のループの破綻を考えます。
- 小脳ループ(皮質-橋-小脳-視床-皮質路)
- 小脳からの修正情報は、視床VL核を経由して運動野に戻ります。ここが遮断されると、測定障害や協調運動障害が出現します。
- 基底核ループ
- 淡蒼球や黒質からの抑制・促進情報は、視床VA/VL核を経由します。障害されると、筋緊張の異常や運動開始困難(無動)などが生じることがあります。
視床障害で見られる臨床症状とリハビリの視点
解剖と伝導路を理解した上で、実際の臨床症状とリハビリテーションの視点を結びつけましょう。
重篤な感覚障害と「視床痛」
視床(特にVPL核周辺)の障害では、全感覚の脱失が起こり得ます。特に深部感覚障害は、立位バランスや歩行能力に直結するため、視覚代償や装具療法を含めたアプローチが必要です。
また、発症から数週間〜数ヶ月後に**視床痛(Thalamic Pain / デジェリーヌ・ルシー症候群)**が出現することがあります。
- 特徴: 焼けるような痛み、衣服が擦れるだけで痛い(アロディニア)。
- 対策: 難治性であることが多いため、愛護的なハンドリングを徹底し、医師と連携して疼痛コントロールを図りながらリハビリを進める必要があります。
運動失調と不随意運動
小脳そのものに障害がなくても、小脳から視床への経路(VL核付近)がやられると、小脳失調と同じような症状(視床性運動失調)が出ます。
また、不随意運動(舞踏運動やアテトーゼ様運動)が見られることもあります。これらは錐体路(運動麻痺)の問題ではないため、筋力トレーニングだけでなく、協調性訓練や物品操作の練習が重要になります。
高次脳機能障害と意識障害
- 意識障害: 視床は覚醒系に関わるため、急性期は意識障害が遷延しやすい傾向があります。
- 失語: 左視床(優位半球)の障害では、「視床性失語」が見られることがあります。発語量が減ったり、声が小さくなったりするのが特徴です。
- Pusher現象: 視床の後外側領域の出血・梗塞では、非麻痺側で麻痺側へ強く押しす「Pusher現象」が高頻度で出現します。垂直オリエンテーションの構築に向けた介入が必要です。
まとめ:視床の解剖を知ればアプローチが変わる
今回は、理学療法士にとって必須知識である「視床の解剖学と神経伝導路」について解説しました。
今回のポイント
- 視床は感覚・運動・覚醒の中継点。
- VPL核(体幹・四肢の感覚)とVL核(運動調整)は特に重要。
- 感覚路と小脳/基底核ループがここを通る。
- 感覚障害だけでなく、視床痛やPusher現象のリスク管理もPTの役割。
教科書の図だけ見ていると難しく感じますが、「機能」とセットで覚えると臨床での景色が変わってきます。
明日の臨床では、担当患者さんの脳画像をもう一度確認してみてください。「あ、この場所はVL核に近いから、もしかして失調症状が少し出ているのかな?」といった仮説が立てられるようになれば、あなたのリハビリの質は確実に向上します。
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