4月某日、土曜日。
朝の空気は、平日よりも静かで冷たい。
が、最近では少しずつ暖かさを感じることも多かなってきた。
いつものように8時前には病院へ。
休日勤務の理学療法士として、今日も一日が始まろうとしている。
リハビリ室の扉を開けると、数人のスタッフがすでにパソコンに向かっていた。
カチャカチャと静かなキーボード音だけが響く。
休日は朝礼がない。つまり、自分で自分の一日をデザインするところから始まる。
パソコンを立ち上げて、予定表を見る。
真っ白。今日のスケジュールはまだ何も書かれていない。
僕のスケジュールは朝8時に空白で始まる。
ホワイトボードに貼られている患者リストを確認すると、自分の担当はたった1人。あとは他のスタッフの担当ばかり。
つまり、「初めまして」のオンパレードだ。
なぜ休日はこうなるのか?
休日に勤務する理学療法士は現在で6人。
(士長はもっと休日に出勤する理学療法士の人数を増やしたいと言ってるけど、何を言ってるのやら…)
休日リハの優先順位は「算定点数の高い順」で決められている。
必然的に、重症度や緊急度の高い症例が優先され、担当制はあまり関係なくなる。
情報収集を始める。
電子カルテを眺め、主治医の記録、看護師の申し送り、前回のリハ記録…
誰も彼も、状態も経過もバラバラ。
でも、そこから一人ひとりの“今”を読み取るのが、休日の理学療法士の最初の仕事となる。
8時40分。1人目の患者は、心筋梗塞発症後3日の男性。
緊急PCI後、循環動態は落ち着いているが、まだ安静度は制限がある。
部屋に入ると、不安そうな表情の男性がこちらを見た。
「おはようございます、リハビリに来ました。体調、いかがですか?」
言葉を交わしつつ、端座位へ。血圧・脈拍・酸素飽和度を逐一確認。
幸い、立ち上がり・歩行も問題なく進行。
歩行器で病棟を一緒に歩く。笑顔も見られ、「歩けるって安心しますね」との言葉に、こちらも少しホッとする。
が、安心したのも束の間。
戻ってきた頃、モニターの脈拍が急に140台に跳ね上がっているのに気づいた。
NSVTだ。
「休憩しましょう。椅子に座りましょうか。」
患者さんを落ち着かせ、深呼吸を促しながら様子をみる。
幸い、すぐに落ち着き問題なさそうだった。
心臓疾患の患者は“いつも通り”が一瞬で崩れることを改めて実感する。
2人目、9時30分。大動脈解離StanfordB、保存の症例だ。
血圧コントロールがなされ、もちろんリハビリ前も確認する。
他の症例よりももっと厳しめにリハビリ開始、中止基準が設けられている。昨日は立位練習で問題なかったため、本日から歩行練習開始だ。
慎重に開始し、何も起こらないことを願うばかり。
シリンジポンプが付いている点滴棒、酸素ボンベを持ちながらゆっくりとリハビリを行っていく。
無事に「お疲れ様でした。本日も順調にリハビリができましたね。血圧も酸素の数値も問題なかったですよ。ありがとうございました。」
何事もなく、ほっと胸を撫で下ろす。
3人目、10時15分。状態の変化があったケース。
前日までは離床できていたが、今朝はバイタル異常で一時中止に。その後安定してきたため、座位での軽度介入が許可された。
部屋を訪ねると、患者さんは意外なほど元気そうで、「今日は昨日よりだいぶ楽」と笑って言った。
でも、ここで油断はできない。
“楽になった”という感覚と、“動いてもいい”という身体の状態は一致しないことが多い。
「では、ちょっと座るところまでやってみましょう」
血圧、心拍、表情を注視しながら慎重に対応。
立位で軽度の血圧低下が見られたため、そこでストップ。
「今日はここまでにしましょう」
患者さんは納得してくれたが、内心では「もう少しいけたかもしれない」と思っていたかもしれない。
でも、その“少し”が、急変を招くこともある。引き際を見極めるのも、プロの判断だ。
10時45分。
その後に4人目、5人目、午前中だけで6人、9単位。
予定では7人の患者さんをリハビリにいく予定だったが、急変のこともあったためスケジュール通りにいかなかった。
午前中で6人9単位か…
ということは、午後に8人10単位か…
今日は残業確定だな。
何時に帰れるのかな。
でも、休日は書類業務が少ないからまだ頑張れる。
12時15分頃にリハ室に帰ってきてパソコンに向かい記録を打ちながら、ふと椅子にもたれる。
ペットボトルの水をひと口。冷たさが、少しだけ気持ちをリセットしてくれる。
午後もまだ8人。ここからが正念場だ。
なるべく早く帰れるのに午前中のカルテは昼休み中に少しでもやっておこう。
4人のカルテを書に終わり12時30分。
「あ、お昼食べなきゃ」と、急いでお昼ご飯を口に流し込む。
午後の患者さんの状態も変わってるかもしれない。
予定の調整と情報をとりにいかないと。
12時45分にはリハ室へ戻り、電子カルテと向き合う…
午前のリハビリが終わる頃、記録はまだ半分しか終わっていない。
今日も現実はシビアだ。
それでも、自分にできることを、ひとつずつやっていく。
午後の8人が待っている。
さぁ、頑張ろう。