はじめに
皆さんは「胸郭の可動性」がどのように身体機能に影響を与えるか、意識したことはありますか?
胸郭は呼吸において重要な役割を果たしますが、それだけではありません。姿勢の保持、四肢の運動、さらには循環機能にも密接に関与しています。しかし、加齢や疾患、不良姿勢などの影響で胸郭の可動性が低下すると、呼吸機能の低下や運動パフォーマンスの低下、さらには生活の質(QOL)の低下にもつながる可能性があります。
本記事では、胸郭可動性の低下が身体に及ぼす影響、その要因、そして理学療法士としてどのように評価し、どのようなリハビリが有効なのかについて、最新の研究を基に詳しく解説していきます。
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この記事がおすすめの人

✅ 呼吸機能や姿勢改善に興味がある方
✅ 慢性閉塞性肺疾患(COPD)や脳卒中後のリハビリに関わる医療従事者
✅ 胸郭可動域の評価や介入方法を学びたい理学療法士
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胸郭可動性が低下することによる身体機能の影響
呼吸機能の低下
胸郭の動きが制限されると、換気が効率的に行えなくなり、肺活量(VC)や努力性肺活量(FVC)、1秒量(FEV1)の低下が生じます。特に、COPDや間質性肺炎などの呼吸器疾患を抱える患者では、胸郭の可動性が低下することで呼吸困難感(dyspnea)が増し、活動量の低下を引き起こします。
• 胸郭拡張測定(胸郭の最大拡張時と最大呼気時の差を測定)
• スパイロメトリー(VC、FVC、FEV1の測定)
• 呼吸パターンの観察(代償的な呼吸パターンの有無を確認)
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姿勢の悪化と運動機能の低下
胸郭可動性の低下は、背部筋の硬化や猫背姿勢を助長し、脊柱の伸展制限や肩関節の可動域低下を引き起こします。その結果、日常生活動作(ADL)や運動能力が低下し、特に高齢者では転倒リスクの増加につながります。
• 胸椎可動域評価(胸椎の屈曲・伸展・回旋の可動域測定)
• Wall-to-Occiput Distance(WOD)(後頭部と壁の距離を測定し、姿勢の前傾を評価)
• Functional Reach Test(前方リーチ動作による動的バランス能力の評価)
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循環器系への影響
胸郭の可動性が低下すると、横隔膜の動きも制限され、呼吸による静脈還流の補助機能が低下します。これにより、心臓への負担が増加し、特に心不全患者では運動耐容能の低下につながる可能性があります。
• 可能なら心肺運動負荷試験(CPET)(VO₂maxの測定)
• 6分間歩行試験(6MWT)(呼吸困難感と歩行距離を評価)
• 横隔膜運動の超音波評価(横隔膜の厚さと動きを観察)
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胸郭可動性が低下する主な要因
胸郭可動性の低下には、以下のような要因が関与します。
筋・軟部組織の柔軟性低下
胸郭の動きには、肋間筋・横隔膜・背部筋群・腹筋など、多くの筋肉が関与しています。これらの筋が硬くなると、胸郭の可動域が制限されます。
• 筋の柔軟性評価(大胸筋、広背筋、腹筋群、肋間筋の伸張性を評価)
• 関節可動域測定(ROM測定)(胸椎と肋椎関節の可動性を評価)
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胸郭可動性を改善するための理学療法アプローチ
- 胸郭ストレッチング・モビライゼーション
肋骨・胸椎の可動性を向上させるためのストレッチングや徒手療法を行います。
• 肋椎関節モビライゼーション(肋骨の動きを引き出す手技)
• 胸椎伸展ストレッチ(キャット&カウ、フォームローラーを使用した胸椎伸展エクササイズ)
• 大胸筋・肋間筋ストレッチ(壁を利用したストレッチ、PNFテクニック)
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- 呼吸筋トレーニング
呼吸筋を強化し、胸郭の柔軟性を向上させるトレーニングを行います。
• 横隔膜呼吸(腹式呼吸)
• 口すぼめ呼吸(COPD患者に有効)
• インスピロメーター(IMT)を用いた呼吸筋強化トレーニング
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- 運動療法と姿勢改善
全身運動を通じて胸郭の可動性を改善し、呼吸と姿勢を統合的に調整します。
• 肩甲帯の可動性向上エクササイズ(肩甲骨の動きと胸郭を連動させる)
• 上肢挙上運動と呼吸の組み合わせ(上肢挙上時に深呼吸)
• 歩行・有酸素運動(心肺機能向上)
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まとめ
胸郭可動性の低下は、呼吸機能・姿勢・循環機能に悪影響を及ぼします。特に、高齢者や疾患を持つ患者では、早期から評価・介入を行うことが重要です。
理学療法士として、胸郭のストレッチング・モビライゼーション、呼吸筋トレーニング、運動療法を適切に組み合わせることで、患者のQOL向上につなげることができます。
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参考文献
1. 「安静時における胸郭形状の特徴が胸郭可動性と呼吸機能に及ぼす影響」https://www.jstage.jst.go.jp/article/rika/33/3/33_513/_pdf
2. 「胸郭可動域運動により最大呼吸流速と胸郭可動性の改善を認めた脳卒中患者の一症例」https://www.jstage.jst.go.jp/article/rika/28/2/28_285/_pdf
3. 「大胸筋のストレッチングが健常者の胸郭拡張性および呼吸機能に与える即時的影響」https://www.am.nagasaki-u.ac.jp/physical/2018/ARGH14-05.pdf
4. 「慢性閉塞性肺疾患患者に対する胸郭の可動域拡大方法について」https://www.reha.kobegakuin.ac.jp/~rehgakai/journal/no9-1-endai07.pdf
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