理学療法士に利尿薬の知識は必要?心臓リハビリで差がつくリスク管理と評価のポイント

心不全療養指導士

はじめに

「リハビリ中に急に血圧が下がって冷や汗をかいた」「昨日まで動けていたのに、今日は妙に息切れが強い……」

心臓リハビリテーションや内部障害の臨床現場で、このような経験をしたことはありませんか?

結論からお伝えします。理学療法士にとって「利尿薬」の知識は、リスク管理と運動療法の効果を最大化するために不可欠な武器です。

なぜ、解剖学や運動学を専門とするPTが、薬理学、特に利尿薬を深く知る必要があるのでしょうか。今回は、臨床で即座に役立つ知識と、一歩踏み込んだフィジカルアセスメントの手法を解説します。

なぜ理学療法士が「利尿薬」を学ぶべきなのか?

理学療法の主眼は「運動」です。しかし、循環器疾患、特に心不全の患者さんにおいて、運動耐容能(動ける能力)を決定づけているのは「体液管理」です。

「前負荷」をコントロールする重要性

心不全の心臓は、ポンプ機能が弱り、送り出せない血液が手前の静脈系に溜まってしまいます(うっ血)。これが「前負荷(preload)」の増大です。利尿薬はこの余分な水分を尿として排泄し、心臓への負担を劇的に軽減します。

  • 利尿薬が効いている時: 心臓の負担が減り、心拍出量が効率化されるため、運動耐容能が向上します。
  • 利尿薬が効きすぎている時(脱水): 循環血液量が減りすぎて、運動中に必要な血圧を維持できなくなります。
  • 利尿薬が不足している時(うっ血): 肺に水が溜まり(肺水腫)、安静時ですら息苦しく、運動どころではなくなります。

つまり、利尿薬の状態を把握することは、その日の患者さんの「運動の限界値」を予測することに他なりません。

臨床で頻用される利尿薬の「種類」と「PT的視点」

薬剤名は無数にありますが、PTが押さえておくべき主要なカテゴリーは以下の3(+1)つです。

種類代表的な薬剤名メカニズムの臨床でのポイント
ループ利尿薬ラシックス(フロセミド)、ルプラック最も強力で即効性がある。「キレが良い」反面、急激な脱水や血圧低下を招きやすい。
サイアザイド系フルイトラン比較的マイルド。血圧を下げる効果も併せ持つ。低ナトリウム血症に注意が必要。
カリウム保持性アルダクトン(スピロノラクトン)利尿作用は弱いが、心臓の線維化を防ぐ。高カリウム血症のリスクがあり、不整脈に注意。
V2受容体拮抗薬サムスカ(トルバプタン)「水」だけを抜く新しい薬。電解質異常は少ないが、急激な口渇感による過剰な水分摂取に注意。

3. リハビリ中に必ずチェックすべき「4つのリスク管理」

利尿薬を服用している患者さんのリハビリテーションでは、以下の4点を重点的に観察します。

① 起立性低血圧と一過性の意識消失

利尿薬の導入期や増量期は、血管内のボリュームが減少しています。

PTの動き: ギャッジアップや離床時、血圧計を巻いたまま経過を追うだけでなく、「生あくび」「顔色の変化」「手の冷感」などの自律神経症状を見逃さないようにしましょう。

② 低カリウム血症による不整脈と筋力低下

多くの利尿薬は尿と一緒にカリウム(K)を排出しようとします。K値が低下すると、骨格筋の収縮力が落ちるだけでなく、**致死的な不整脈(Vf/VT)**を誘発する恐れがあります。

PTの動き: モニター心電図でPVC(期外収縮)が増えていないか、また「最近、足がよくつるんだよね」という訴えがないかを確認します。

③ 腎機能の悪化(Cardio-Renal Syndrome)

「心臓のために尿を出したい、でも出しすぎると腎臓が傷む」というジレンマが心不全治療にはあります(心腎連関)。

PTの動き: 採血データでCre(クレアチニン)やBUNが急上昇している場合、過度な負荷は禁物です。腎血流量を確保するため、運動強度を落とす判断が必要です。

④ SGLT2阻害薬の併用

最近では糖尿病薬であるSGLT2阻害薬(フォシーガ、ジャディアンス)が心不全治療に標準的に使われます。これも利尿作用を持つため、これまでの利尿薬と併用することで、予想以上に水分が抜けるケースが増えています。

セラピストにしかできない「攻め」のフィジカルアセスメント

カルテの数字だけでなく、実際に患者さんの体に触れるPTだからこそ気づける「体液バランスのサイン」があります。

体重の「トレンド」を読む

• 単日の増減だけでなく、ここ2〜3日間の推移を見ます。「2〜3日間で2〜3kg増」は明らかなうっ血(増悪)のサインです。また、「2〜3日間で2kg〜3kg減」は過剰な除水、脱水を引き起こしている可能性があります。

浮腫の「質」を確認する

• 下腿前面を指で5秒以上押し、戻るまでの時間を確認します。また、以前よりも浮腫の範囲が上に広がっていないか(足首→膝下→大腿)を確認し、重症度を把握します。

頚静脈の怒張を診る

• 45度仰臥位で頚静脈がパンパンに張っていれば、右心系の負荷(うっ血)が強い証拠。この状態で臥位の運動(ブリッジなど)を行うと、さらに心臓への還流が増えて苦しくなるため、座位での運動を選択するなどの工夫が必要です。

チーム医療を加速させる「報告」のテクニック

利尿薬の効果や副作用に気づいたとき、医師や看護師にどう伝えるかでPTの信頼度は変わります。

ダメな例: 「なんか今日、患者さんがフラついてます」

いい例: 「本日利尿薬がラシックス20mgから40mgへ増量されています。今朝の体重が昨日より2.3kg減少しており、離床時に収縮期血圧が20〜30mmHg低下したため、本日はADL範囲内の介入に留めました。脱水の可能性はありませんか?」

このように、「薬剤の変化+身体所見+客観的数値」をセットで伝えられるようになると、リハビリの安全性は格段に高まります。

まとめ:利尿薬を知ることは、患者の「生活」を診ること

理学療法士にとって利尿薬の知識は、単なる薬の名前を覚えることではありません。

「今、この患者さんの心臓にはどのくらいの余裕があるのか?」を推測し、安全かつ効果的な負荷設定を行うための羅針盤です。

薬を知れば、攻めるべき時と、守るべき時が見えてきます。ぜひ明日からのカルテチェックで、利尿薬の項目を一番最初に確認してみてください。

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