正解のないリハビリテーション:臨床判断の難しさ

理学療法士

はじめに

理学療法士として働いていると、「これは絶対に正しい」という答えがない場面に何度も直面します。エビデンスがある程度確立されていても、患者ごとに状況が異なり、どのアプローチが最適なのかは一概に言えません。

リハビリテーションは、単に理論やガイドラインを適用するだけでは成り立ちません。実際の臨床では、患者の年齢、既往歴、生活環境、本人の希望など、さまざまな要素を考慮しながら方針を決定する必要があります。そのため、理学療法士の判断が大きく問われる場面が多く存在します。

かず
かず

今回は、そんな「正解があるようでない」リハビリのテーマについて考えてみましょう。

ケース1:脳卒中片麻痺の歩行訓練

症例紹介

60歳の男性が脳梗塞後に右片麻痺を発症しました。リハビリを開始して数週間が経過し、歩行練習を行う段階に入っています。しかし、歩行時に軽度の尖足(つま先が落ちる)と股関節の代償動作(骨盤挙上)が見られ、バランスが不安定です。

この患者に対して、どのような歩行訓練を行うべきでしょうか?

選択肢① 健常者のような左右対称の歩行を目指す

左右対称の歩行パターンを目指すことは、長期的にみると関節の負担を減らし、より効率的な歩行を可能にする可能性があります。特に、歩行分析のエビデンスでは、非対称な歩行パターンが長期間続くと、腰や膝などの関節に負担がかかり、二次的な障害を引き起こすリスクがあると指摘されています。

しかし、片麻痺患者の場合、完全に健常者のような歩行パターンを取り戻すのは難しいケースが多く、過度に対称性を意識すると歩行そのものがぎこちなくなることもあります。また、歩行中に「正しいフォーム」を意識しすぎることで、動作の自動化が妨げられ、歩行速度が低下する可能性もあります。

選択肢② その人にとってエネルギー効率の良い歩行を目指す

このアプローチでは、患者が持つ身体機能の範囲内で最も効率の良い歩行パターンを獲得することを目指します。多少の代償動作(骨盤挙上や体幹の側屈)があっても、安全に歩けることを優先し、転倒リスクを最小限に抑えることが重要視されます。

しかしながら、前述した通り長期的な身体への負担を減らし、より効率的な歩行を可能にするには左右対称を目標にすることも必要かもしれません。

では、どちらのアプローチが正しいのでしょうか?

特に、高齢者の片麻痺患者では、筋力やバランス能力の低下により、理想的な歩行パターンを獲得するのが難しい場合もあります。そのため、多少の非対称性があっても、患者がスムーズに移動できることを優先したほうが、生活の質(QOL)向上につながる可能性もあります。

ケース2:人工膝関節(TKA)術後のリハビリ

症例紹介

75歳の女性が変形性膝関節症のためTKA(人工膝関節置換術)を受けました。術後2週間が経過し、膝の屈曲は90°、伸展は-5°ですが、痛みが強く、訓練に対するモチベーションが低下しています。医師からは「なるべく早く可動域を確保するように」と指示が出ていますが、患者は痛みに対する恐怖心を抱えており、積極的なリハビリに消極的です。

選択肢① まずは可動域訓練を優先する

TKA術後のリハビリでは、早期の可動域訓練が非常に重要です。特に、術後早期に十分な膝屈曲が確保されないと、拘縮が進行し、最終的に関節可動域が制限されるリスクが高まります。一般的に、120°以上の屈曲が得られないと、日常生活動作(正座、しゃがみ動作)に支障が出るとされています。

しかし、可動域訓練は痛みを伴うことが多く、患者が訓練を嫌がる要因にもなります。無理にストレッチを行うことで、炎症が悪化し、さらなる疼痛の増悪を招く可能性も考えられます。

選択肢② 早めに筋力トレーニングを開始する

可動域訓練を重視する一方で、筋力トレーニングを優先するという考え方もあります。術後の患者は、筋力低下が顕著であり、大腿四頭筋やハムストリングスの強化を図ることで、膝関節の安定性を向上させることができます。

また、筋力がしっかりと確保されれば、膝への負担を軽減し、痛みの軽減にもつながる可能性があります。そのため、早期から筋力トレーニングを開始することで、最終的なリハビリの成果が向上することが期待できます。

しかし、可動域の確保が十分でない状態で筋力トレーニングを優先すると、関節の可動域が固定化され、長期的な機能制限を引き起こす可能性もあります。

では、どちらを優先するべきなのでしょうか?

まとめ:リハビリの「正解」とは?

これらのケースに絶対的な正解はありません。患者の状態、目標、生活環境、さらには心理的要因も考慮しながら、最善のアプローチを選択する必要があります。

私たち理学療法士は、エビデンスを参考にしつつ、患者一人ひとりに最適なリハビリを提供するために、常に悩み、考え続けなければなりません。

あなたなら、これらのケースにどのようにアプローチしますか?

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