はじめに:なぜ今、“在宅移行支援”なのか?
心不全は、高齢化社会の進行とともに患者数が年々増加しており、「心不全パンデミック」とも呼ばれる社会的課題となっています。
急性増悪と安定期を繰り返す“入退院のサイクル”をどう断ち切るかが、医療現場・地域包括ケアシステムの大きなテーマとなっています。
そんな中、日本循環器学会・日本心不全学会による【2025年 心不全診療ガイドライン改訂版】では、心不全の在宅療養を支えるための“多職種による切れ目ない支援体制”が強調され、退院支援とその後の在宅移行期支援の質が、再入院率やQOLの決定因子になることが示唆されました。

理学療法士として、心不全患者の生活再構築をどのように支援すべきか――。
本記事では、改訂内容を踏まえて、臨床の中で実践可能な評価・支援のポイントを詳しく解説します。
1. ガイドライン2025年改訂の要点 ― 在宅支援における新しい視点
2025年版では、以下のような点が在宅支援に直結する項目として明記されています
1-1. 急性期から在宅まで「切れ目のない心不全ケア」
心不全は急性期入院治療で改善しても、退院後のフォローが不十分だと、約3割が90日以内に再入院するというデータがあります(JROADデータより)。
そのため、今回のガイドラインでは、急性期から生活期・在宅に至るまで、一貫したサポート体制が求められています。
→ 理学療法士は「退院前から関わる在宅支援者」として、シームレスな支援を担う役割が明確化
1-2. 「再入院予防」が重要なアウトカムに
再入院率は、患者のQOL・予後だけでなく、医療資源の逼迫や医療費増加にも直結します。
2025年改訂版では、特に「生活管理の支援(食事・運動・薬物・体重・精神面)」と「患者教育」の充実が再入院予防に有効とされ、理学療法士の役割が多面的に拡大されています。
2. 退院前の支援 ― 環境と身体の“ダブルアセスメント”
2-1. 身体機能評価と退院可能性の見極め
- 6分間歩行テスト(6MWT):退院後の移動範囲や介護度の予測指標として有効
- Short Physical Performance Battery(SPPB):高齢心不全患者の転倒・フレイルリスク把握に
- 階段昇降や屋外歩行評価:実生活への適応力を評価する
→ SPPB<6点や6MWT<200mは再入院リスク高。早期に在宅支援チームと共有が必要。
2-2. 生活環境・福祉用具の提案
- 自宅の段差、トイレ・浴室動線、居間の動作などを事前に確認
- ポータブルトイレ、手すり、歩行器、簡易ベッドなど、必要な用具を退院前から提案
- ご家族が高齢の場合は、介助者の動作もシミュレーションして評価
→ 「使える身体」をつくるだけでなく、「使える環境」をつくることも理学療法士の大事な視点。
3. 在宅移行後の支援 ― 継続的フォローと患者教育
3-1. 訪問リハビリテーションの活用
退院後1ヶ月は再入院リスクが最も高い「移行期」。この期間のリハ介入が極めて重要です。
- 日常生活の中での身体負荷(洗濯・調理など)を具体的にチェック
- 安全な活動量・運動強度を説明し、オーバーワークや不活動のリスクを予防
- 活動モニタ(歩数計や簡易バイタル)を活用して自己管理促進
3-2. 患者教育と自己モニタリング支援
- 「なぜ体重管理が必要なのか」「塩分制限の意味は何か」を丁寧に説明
- バイタル手帳、体重変動記録など、記録ベースの振り返り習慣をつくる
- 息切れ・浮腫など「悪化のサイン」の具体例と連絡ルールを家族にも共有
→ 「わかってるけどできない」を「できる習慣」に変える支援が重要。
4. 多職種連携のコツと実践事例
4-1. チーム内での情報共有
- 心不全看護認定看護師、薬剤師、管理栄養士などと事前に在宅目標を共有
- 訪問リハ・訪問看護との連携計画を、退院前カンファレンスで構築
- ICT活用(共有アプリ・電子カルテ連携)によるタイムリーなフィードバック
4-2.【実例】「認知機能×服薬×独居」―“わかっている”つもりの危うさ
ケース概要
- 82歳・女性/心不全(HFpEF)/軽度認知症(MMSE 23点)
- 独居/週2回の訪問リハと週1回の訪問看護/調理・トイレ・入浴は一部介助
- 処方薬:ラシックス、エナラプリル、β遮断薬など7剤
問題発生
→ 退院時、本人は「薬は大丈夫」「カレンダーがあるからできる」と発言
→ しかし、実際には“朝食後に飲み忘れ、夕方にまとめて飲む”などの誤服薬が頻発
→ 数日後に低血圧・ふらつき・食欲低下で訪問看護が異変を察知し、受診・入院
理学療法士の視点
- 訪問リハの初回評価時、ADLや歩行は安定していたため“問題なし”と判断されがち
- しかし、「カレンダーにチェックを入れる」という手順が曖昧
- 視覚的な混乱(複数の薬袋や類似したラベル)で判断ミスを招いていた
介入の改善点
- 作業療法士と連携し、薬ごとに色分けシールやイラスト表示を導入
- リハ中に「カレンダー確認」「その場で服薬」までの動作を一連で練習
- 本人の“わかっているつもり”を確認するため、擬似的な1日スケジュールを再現
- 家族やケアマネとの共有で「1日1回、電話確認+服薬チェック」という支援体制を追加
まとめ:在宅支援もできる理学療法士こそ、これからのカギを握る存在
心不全の在宅移行支援は、ただ「退院後も歩けるようにする」だけではありません。
QOLを支える生活機能、環境整備、自己管理能力、多職種との連携――
それらすべてにおいて、理学療法士の臨床的視点と現場感が求められています。
2025年ガイドライン改訂を契機に、「動作だけでなく生活全体を支援するリハビリ」へと、私たちの役割も進化していく必要があるのです。
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