― 理学療法士が“秒数だけで終わらせない”TUG評価をするために ―
はじめに
「TUGって、毎回やってはいるけど…結局“秒数”を記録するだけになっていない?」
理学療法士として、現場で日常的に使うTUG(Timed Up and Go Test)。でも、ただ測って終わりではもったいないんです。TUGには、患者さんの“歩行能力”や“バランス”、“転倒リスク”といった貴重な情報が詰まっています。
今回の記事では、TUGの基本的な評価手順から、**臨床での観察ポイント、秒数以外の“本当の見どころ”**まで、わかりやすく解説します。
「もっと深く、臨床に活かせるTUGがしたい!」という方にぜひ読んでいただきたい内容です。
✅この記事でわかること
- TUG(Timed Up and Go Test)とは何か?その目的や意義
- 測定手順・準備物・注意点の詳細な解説
- TUGの基準値と転倒リスクの判断基準
- 時間だけでなく“動作”から得られる臨床的洞察
- リハビリへのつなげ方や介入プランへの応用法
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TUG(Timed Up and Go Test)とは?
Timed Up and Go Test、略してTUGは、臨床現場で非常に汎用性の高い評価ツールの一つです。
特に高齢者を対象とした転倒リスクのスクリーニングや、整形外科疾患・神経疾患の機能評価に多く活用されています。
TUGの評価目的とは?
- 起立→歩行→方向転換→再着座という一連の動作には、筋力・バランス・移動能力・認知機能などが複合的に関与しています。
- この一連の動作にかかる時間を測定することで、対象者の**機能的可動性(functional mobility)**を簡便に評価できます。
なぜ理学療法士にとって重要なのか?
理学療法士としては、TUGの結果をただ「何秒かかった」というデータとして扱うのではなく、動作中の観察所見や患者の主観的な反応も含めて、評価の全体像を把握することが求められます。TUGは、短時間で実施可能でありながら、運動・バランス・認知・恐怖心など多くの情報が得られる有用な評価法です。
TUGの測定方法と準備物
TUGは、非常に簡便に実施できるという利点がありますが、正確な評価のためには手順を厳密に守る必要があります。
TUGの標準的な手順
- 対象者に肘掛け付きの椅子に深く座ってもらいます。
足底は床に接地し、背筋はできるだけ垂直に保った姿勢をとります。 - 「よーい、スタート」の合図とともに、自分のペースで立ち上がって3メートル先の目印まで歩いてもらいます。
- その場で方向転換し、来た道を戻って椅子に再び座ってもらいます。
※方向転換は左右どちらでもかまいませんが、普段の動きに近い方を選ばせるとよいでしょう。 - 一連の動作にかかった時間をストップウォッチで秒単位まで正確に測定します。
- 必要に応じて2回測定し、平均を取る方法も信頼性向上に役立ちます。
📋準備物と環境条件
- 安定した肘掛け付きの椅子(床との高さ:約45cmが一般的)
- 直線距離3mを正確に測れるメジャーまたはマーク
- ストップウォッチ(スマホアプリでも代用可)
- 付き添い者または介助者(特に転倒リスクが高い場合)
測定時の注意点
- 靴の種類や杖の使用など、通常の歩行環境に近い条件で評価することが大切です。
- スタート合図の直後からストップウォッチを開始し、再着座した瞬間にストップすることを忘れずに。
- 環境の明るさ・床材の滑りやすさなど、評価に影響を及ぼす外的因子にも配慮が必要です。
TUGの基準値とカットオフ値の解釈
TUGは秒数によって対象者の可動性や転倒リスクの“おおまかなレベル”を把握できますが、数字だけに頼るのではなく、背景や個別性を考慮して解釈することが重要です。
TUGの参考カットオフ値(高齢者一般)
TUG時間(秒) | 解釈と臨床的意味 |
~10秒 | 健常高齢者レベル。可動性良好、日常生活自立可能。 |
11~19秒 | 移動能力はあるが、やや遅延。バランス機能の低下が疑われる。 |
20秒以上 | 機能的可動性の低下あり。転倒リスク高い。 |
30秒以上 | 移動に支援や介助を要する可能性大。 |
疾患別のTUG基準値(文献より一部抜粋)
- 脳卒中患者:14秒以上 → 転倒の可能性上昇
- パーキンソン病:13.5秒以上 → 転倒歴との関連がある
- 大腿骨頸部骨折術後:20秒前後がボーダーライン
これらの値はあくまで参考値であり、患者個々のベースライン・認知機能・生活状況に応じて調整が必要です。
TUGで読み取る“臨床的な気づき”
TUG評価の真価は、「どこで時間がかかったのか」「どの動作に不安定さがあるのか」といった動作の質の分析にあります。
動作を観察する視点
- 立ち上がり: 反動をつけていないか?手で支えていないか?
- 歩行: 歩幅・ステップの均等性・杖の使用状況
- 方向転換: バランス崩れやためらいはないか?
- 着座動作: 勢いよく座っていないか?手すりの使用は?
臨床場面での事例分析(例)
例えば、TUGで25秒を要した脳卒中後の患者さん。観察すると以下のようなポイントがありました。
- 立ち上がりに7秒 → 麻痺側下肢の荷重不安、立ち直り反応の低下
- 歩行に10秒 → 足部の引きずり、ステップ幅の左右差
- 方向転換に5秒 → 方向転換時にふらつきあり、視線の固定も不安定
- 着座に3秒 → バランスを崩しそうになりながら慎重に座る
このように、TUGを一つの“動作分析ツール”として活用することで、より具体的な介入ポイントが明確になります。
臨床での活用ポイントとリハビリへの応用
TUGは評価だけでなく、目標設定・介入方針の立案・アウトカムの可視化にも役立ちます。
TUG結果をどう介入につなげるか?
観察ポイント | 仮説例 | 介入例 |
立ち上がりに苦戦 | 下肢筋力・体幹安定性の低下 | Sit-to-Stand訓練、下肢筋トレ、体幹スタビリティ訓練 |
歩行が不安定 | 平衡機能・姿勢反射の低下・下肢体幹筋力の低下等 | 重心移動訓練、バランスボード歩行、歩行練習 |
方向転換が遅い | 前庭機能や認知処理の低下 | 方向転換練習、Dual-task課題、頭部運動訓練 |
着座に躊躇あり | 視空間認知・恐怖心の影響 | 不安軽減への声かけ、再現練習、安心感の提供 |
よくある誤解と評価時の注意点
❌よくあるTUGの落とし穴
- 「TUG=○秒=○評価」と秒数だけで判断してしまう
- 動作観察をせずに記録だけ取ってしまう
- 「正常」「異常」のラベリングに偏ってしまい、患者の背景や主観を無視する
理学療法士としての評価姿勢
- TUGをただの“数字”ではなく、患者の生活・ADL・QOLに結びつける指標として扱う
- 同じTUG 20秒でも、疾患・生活歴・認知機能によって意味が異なることを理解する
- 評価後の説明や共有も大切にする。ご家族や患者に「今どれくらいの力があるのか」を見える形で伝える工夫をする
まとめ:TUGは“時間だけで終わらない”評価にしよう
Timed Up and Go Testは、誰でも簡単に使える評価ツールでありながら、評価者の力量によって得られる情報量が大きく変わるテストです。
理学療法士として、「何秒かかったか」ではなく「なぜその時間がかかったのか」を読み取る力が問われます。
TUGは、“見る人が見れば、リハビリの全体像が見えてくる”ツールです。
数字と動作の両方を活用して、より質の高い評価と介入を行いましょう。