はじめに
「まっすぐ座ってください」と声をかけても、なぜか麻痺側へ傾いてしまう。それどころか、正中位に戻そうとすると強い力で押し返される……。
脳卒中リハビリの現場で、多くの理学療法士(PT)を悩ませるのが「姿勢定位障害(Postural Orientation Impairment)」、代表例でいうといわゆるプッシャー現象を伴う症状です。
「バランス練習をしているのに改善しない」
「筋力はあるはずなのに、なぜか傾く」
そんな悩みを解決するために、今回は姿勢定位障害のメカニズムから、臨床で役立つ評価指標、そして具体的な介入戦略までを徹底解説します。
姿勢制御の基礎:安定(Stability)と定位(Orientation)
リハビリを進める上で、まず整理しておきたいのが「姿勢制御」の2つの側面です。
姿勢安定(Postural Stability)
いわゆる「バランス」です。身体重心(COM)を支持基底面(BOS)の中に留める能力を指します。
姿勢定位(Postural Orientation)
今回のテーマです。身体の各部位を相互に、あるいは環境(重力、視覚、支持面)に対して適切に配置する能力を指します。
【ここがpoint!】プッシャー現象などを呈する患者さんは、この「定位」がズレています。脳が「傾いた状態がまっすぐだ」と誤認しているため、いくら「安定」のためのバランス練習をしても、患者さんは自ら「脳内のまっすぐ(=傾いた姿勢)」に戻ろうとしてしまうのです。
なぜ垂直が分からなくなるのか?脳内「内部モデル」のバグ
私たちの脳内には、自分の体が重力に対してどう位置しているかを示す「内部モデル(Internal Models)」が存在します。定位障害は、このモデルが損傷によって書き換わってしまうことで起こります。
3つの垂直指標
脳は以下の3つの窓口から「垂直」を判断しています。
- SVV(主観的視覚的垂直): 目で見て感じる垂直。
- SPV(主観的姿勢的垂直): 体で感じる垂直(※定位障害で最もズレやすい)
- SAVA(主観的身体軸): 自分の体がまっすぐであるという認識

プッシャー現象の症例では、「目は垂直を捉えている(SVV正常)のに、体感の垂直(SPV)が麻痺側へ約18°傾いている」という研究結果があります。この「感覚のミスマッチ」こそが、リハビリを難しくさせる正体です。
姿勢定位障害を客観的に捉える評価指標
「なんとなく傾いている」という主観を脱し、数値で変化を追いましょう。
① SCP (Scale for Contraversive Pushing)
プッシャー現象の重症度を測る最もポピュラーな指標です。「自発的な傾斜」「非麻痺側での押し」「修正への抵抗」の3項目を座位・立位で評価します。
② BLS (Burke Lateralpulsion Scale)
動作の中での傾斜を評価できるため、より実用的です。寝返り、座位、立位、移乗、歩行の各場面での抵抗度をスコア化します。
③ バケットテスト(簡易SVV測定)
バケツの底に引いた線を患者に垂直に見えるよう調整させ、角度誤差を測ります。視覚的な手がかりがどの程度有効かを判断する材料になります。
理学療法介入:脳内の「垂直」を再学習するプロセス
介入の鉄則は、「力で修正しないこと」です。セラピストが力ずくで戻すと、患者の脳は「倒される!」と反応し、さらに強く押し返してきます。
STEP 1:メタ認知(ズレの自覚)
「自分ではまっすぐのつもりだが、実は傾いている」という事実を、視覚的に認識してもらいます。
• 環境の垂直利用: 柱や窓枠、壁のラインと自分の体を比較させる。
STEP 2:能動的な探索運動(Active Discovery)
セラピストに動かされるのではなく、**「自分で正中をまたいで動く」**経験を積みます。
• 壁ガイド: 非麻痺側に壁がある状態で座り、「壁から1cmだけ離れてみましょう」といった、能動的な重心制御を促します。
STEP 3:感覚の再重み付け(Sensory Reweighting)
狂ってしまった身体感覚(SPV)の代わりに、生きている視覚(SVV)を優先的に使わせます。
• 「あの赤いテープと、自分の鼻のラインを合わせてみましょう」と具体的な視覚目標を提示します。
STEP 4:課題特異的なトレーニング
最終的には「動きながら定位を保つ」練習へ。
• 正中位を保ちながらのリーチ動作や、非麻痺側への荷重を伴う移乗練習へと汎化させます。
まとめ:セラピストの「手」を卒業するタイミング
姿勢定位障害のリハビリテーションは、患者さんの脳が「重力という世界の中で、自分の居場所を再発見する旅」です。
私たちの手は、患者さんを固定するためではなく、「垂直を探し出すためのガイド」として機能させるべきです。患者さんが自ら「あ、ここが真ん中だ!」と気づく瞬間を、環境設定と適切な声掛けでデザインしていきましょう。
【理学療法士の皆さんへ】
明日からの臨床で、まずは「SCP」や「BLS」を使って、患者さんの傾きを数値化することから始めてみませんか?客観的な視点を持つことで、介入のアイデアはもっと広がります。
日々の臨床の一助となれば幸いです。
ありがとうございました。
