はじめに
理学療法士の皆さんは、血液内科の患者さん、特に骨髄異形成症候群(MDS)の方を担当する際、戸惑いを感じたことはありませんか?
「今日はHbが下がっているけれど、離床していいのか?」「血小板が少ないが、どこまでの負荷なら安全か?」
MDSは、高齢化社会に伴い遭遇する機会が増えている疾患です。しかし、その病態は複雑で、予後や症状の進行も個人差が非常に大きいのが特徴です。本記事では、理学療法士がMDSのリハビリを行う上で欠かせないリスク管理の知識と、具体的な介入のポイントについて徹底解説します。
1. 骨髄異形成症候群(MDS)とは?PTが知っておくべき病態
MDSは、骨髄中の造血幹細胞に異常が生じ、正常な血液細胞(赤血球、白血球、血小板)が作られなくなる「無効造血」を主態とする疾患です。
PTとして覚えておくべき最大の特徴は、**「血球減少」と「急性骨髄性白血病(AML)への移行リスク」**の2点です。
• 赤血球減少: 慢性的な貧血による息切れ、易疲労性、心負荷の増大。
• 白血球減少: 免疫力低下による感染症リスク。
• 血小板減少: 出血傾向(皮下出血、脳出血、消化管出血など)。
これらが複雑に絡み合うため、MDSのリハビリは「昨日できたことが今日できない」という変動性を前提に進める必要があります。
2. フィジカルアセスメントのポイント:数値の裏を読む
血液データを確認するのは当然ですが、PTにとって重要なのは**「数値と臨床症状の解離」**を見抜くことです。
• 貧血の適応能: MDSの患者さんは慢性的に貧血状態にあるため、Hb 7.0g/dL台でも平然と歩行できる方がいます。しかし、心臓への負担は確実に蓄積されています。安静時の心拍数、労作時のSpO2、呼吸数の変化を細かく観察しましょう。
• 出血兆候のチェック: 四肢に新しい紫斑(青あざ)がないか、歯肉出血はないかを確認します。これらは血小板が著減しているサインであり、高負荷なトレーニングや転倒リスクの高い動作は厳禁となります。
• 「だるさ」の質: 単なる筋疲労なのか、ヘモグロビン低下による組織の酸欠なのか、あるいは感染症による発熱の前兆なのか。患者さんの訴えを多角的に分析します。
3. 【徹底解説】血液データによるリスク管理ガイドライン
リハビリの実施可否を判断する指標として、以下の数値をガイドラインとして活用してください。※施設の基準がある場合はそちらを優先してください。
| 指標 | リハビリ中止・制限の目安 | PTの対応・観察ポイント |
| ヘモグロビン (Hb) | 7.0g/dL 未満 | 原則、積極的な運動は中止。ベッド上でのADL動作に留める。頻脈、めまいに注意。 |
| 血小板 (Plt) | 2万/μL 未満 | 厳重警戒。 転倒・打撲を徹底回避。強い抵抗運動やストレッチも避ける。 |
| 血小板 (Plt) | 2万〜5万/μL | 低負荷の自動運動、平地歩行。レジスタンストレーニングは控える。 |
| 好中球数 (ANC) | 500/μL 未満 | 高度の感染リスク。 個室対応や徹底した環境消毒。セラピストの体調管理も必須。 |
特に**血小板(Plt)**には細心の注意を払ってください。血小板が低い状態での転倒は、致命的な頭蓋内出血に直結します。リハビリ室への移動を車椅子にする、あるいは病室内での介入に切り替えるといった柔軟な判断が求められます。
4. 具体的な理学療法プログラムの構成
MDSのリハビリの目的は、多くの場合「筋力増強」よりも**「廃用症候群の予防とQOLの維持」**に置かれます。
① 貧血が強い時期(Hb 7.0-9.0g/dL程度)
• 内容: 基本動作訓練、短距離の歩行訓練。
• ポイント: Borgスケールで「楽である〜ややきつい(11〜13)」を超えない範囲で設定。セット間に十分な休息を挟む「インターバル形式」が有効です。
② 血小板減少が顕著な時期
• 内容: 重錘を使わない自動運動、座位でのバランストレーニング。
• ポイント: 皮膚の保護に努め、血圧を急激に上昇させるようなバルサルバ操作(息こらえ)を避けます。
③ 化学療法(低用量アザシチジンなど)の実施期
• 内容: コンディショニング、ストレッチ。
• ポイント: 副作用(吐き気、倦怠感)が強い時期は無理をせず、廃用予防のポジショニングや軽い関節可動域訓練に留めます。
5. 転倒予防と生活指導:リハ室外での安全を守る
MDS患者さんのリハビリで最も避けるべき事故は**「転倒」**です。
• 環境整備: 履き物の確認(スリッパ厳禁)、床のコード類の整理。
• 動作指導: 起立性低血圧による立ちくらみを防ぐため、「ゆっくり起き上がる」習慣を徹底します。
• 出血予防: 鼻を強くかまない、硬い歯ブラシを使わないなどの日常生活上の注意点も、看護師と連携して指導します。
6. 精神的サポート:病気との長い付き合いに寄り添う
MDSは経過が長く、頻繁な輸血が必要になることも多い疾患です。患者さんは「いつ白血病になるのか」「なぜリハビリをしているのに体力が落ちるのか」という不安を抱えています。
PTは、身体機能の専門家であると同時に、患者さんの最も近くで「活動」を支える存在です。
「今日はここまでできた」という小さな成功体験を共有し、現在の身体状況に合わせた「できる活動」を提案し続けることが、患者さんの希望に繋がります。
まとめ:多職種連携の中での理学療法士の価値
骨髄異形成症候群のリハビリにおいて、理学療法士は「動かしてはいけない」というブレーキと、「今こそ動かすべき」というアクセルの両方をコントロールする役割を担います。
血液データを正しく読み解き、フィジカルアセスメントの結果を医師や看護師にフィードバックすることで、より安全で質の高い医療を提供できます。
「数値が悪いからリハビリは休み」ではなく、**「この数値なら、この範囲のリハビリが安全にできる」**と言える専門性を磨いていきましょう。

