~「2と3の間」に見える、動作のヒント~
■ はじめに|MMT、それって“測るだけ”になっていませんか?
理学療法士として臨床に出たとき、「評価は大事だ」と誰しもが耳にしたはずです。中でも、**徒手筋力検査(MMT:Manual Muscle Testing)**は、学生時代から最も身近で、最初に学ぶ基本的な検査項目です。
しかし、実際の現場ではこんな違和感を抱いたことがありませんか?
- 「MMT3なのに、患者さんが歩けないのはなぜ?」
- 「評価で“3”と記録したけど、実際の動作と結びつかない…」
- 「毎日ルーチンで測っているだけ。治療に活かせてる気がしない」
MMTの評価が“数値化”されることは便利です。しかし、その数字に意味を持たせるかどうかは、私たちの解釈次第です。単に「3」「4」と記録するだけでは、患者の運動能力の本質に迫ることはできません。
本記事では、MMTの本質的な意義やその限界に触れながら、臨床でどう使えば“活きる評価”になるのかを掘り下げていきます。MMTを「測るだけの検査」から、「臨床推論の武器」に変えるヒントを、症例ベースの視点で解説していきます。
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■ MMTの基本と限界:数字だけでは語れない評価の落とし穴
MMTは筋力を定量的に評価するための標準化された手法で、筋の最大随意収縮に対する抵抗に基づいて、0〜5のスケールで評価されます。
- 0:筋収縮なし
- 1:わずかな収縮(けい動)あり
- 2:重力を除いた範囲で可動
- 3:重力に抗して可動
- 4:抵抗に一部耐える
- 5:正常筋力
このようにスコア化されていることで記録しやすく、評価として定着していますが、実際の動作と直結するかというと、必ずしもそうではありません。
たとえば、「MMTで3」と記録した筋が、立ち上がり動作や歩行でうまく働かない。
これはよくある現象ですが、それはMMTが“運動の条件を制限した中での最大筋出力”を測っているにすぎないからです。
🔍MMTの限界点
- 機能的な筋出力(タイミングや協調性)を測れない
- 複数筋の共同動作(シナジー)を評価できない
- 疼痛、痺れ、恐怖心、感覚障害の影響が混在する
- 被験者の理解力や努力性に左右されやすい
たとえば脳卒中後の患者が「股関節屈曲:MMT3」と評価されていても、立ち上がりで“膝を曲げすぎる”代償動作をしてしまう場合、単純に筋力だけの問題ではない可能性が高いです。
MMTの数値は、動作の「一要素」に過ぎません。あくまで参考指標であり、そこから“何を読み取るか”が私たちの臨床力の見せどころなのです。
■ 観察×触診×感覚評価と組み合わせて、意味のあるMMTへ
MMTの数値だけを見て「筋力あり」と判断するのは非常に危険です。
なぜなら、“使える筋”かどうかは、その筋が機能的に動作の中で働いているかどうかで決まるからです。
そこで重要になるのが、他の評価との組み合わせです。以下の3つは特に臨床的価値が高い評価アプローチです。
① 観察(動作分析)との組み合わせ
MMTでは3だったとしても、「動作中にその筋が適切に働いているかどうか」は観察しないとわかりません。
例)MMTで腸腰筋が3と判定されたケース
→ 立ち上がり動作時に体幹屈曲が過剰、股関節は十分に屈曲せず膝を過剰に使って代償
→ **実際には腸腰筋が“使えていない”**ことが明らかに
このように、動作観察は「MMTスコアが示す以上の情報」を教えてくれます。
② 感覚評価との組み合わせ
感覚が入らなければ、筋出力も出しづらくなります。
特に脳卒中や脊髄疾患では、感覚フィードバックの欠如が筋活動の不全につながるケースも多く見られます。
例)深部感覚の低下 → 関節位置が不明瞭 → 筋出力が曖昧に
このようなケースでは、MMTで2でも、感覚入力を補えば“動作”にはつながる可能性があります。
③ 触診による収縮の確認
筋の収縮状態や緊張の質感は、触診でしかわかりません。
「本当に腸腰筋が使えているか?」
「代償で他の筋が硬くなっていないか?」
→ これらは触診での確認が重要です。
このように、MMT単体では評価しきれない“質的情報”を、観察・感覚・触診から補完することで、より正確で臨床的価値の高い評価が可能になります。
■ 「2と3の間」にある臨床のリアル
MMTの評価で最も臨床で迷うのが、「2と3の境界」です。
学生時代には明確に教わったかもしれませんが、実際の臨床ではこのラインが非常に曖昧になります。
そもそも「重力に抗して動かせる」の基準が難しい
✅ よくある臨床シーン
- 患者が動作中に体幹を屈曲して勢いをつけた場合
→ それは“重力に抗して”いると言えるのか? - 一部の可動域では重力に抗して動かせるが、終末域で止まる
→ MMT2.5?3未満?判定に悩むポイントです。 - 寝た状態(背臥位)で股関節を屈曲できる(MMT3?)
→ しかし座位では引き上げられず、骨盤が後傾し体幹が代償
→ → 実際には動作に使えるレベルではない
このように、**2と3の間には「評価上は筋力があるが、実用的には使えない筋」**というグレーゾーンが存在します。
この“グレーな領域”に気づけるかどうかが、臨床力の差になります。
数字だけを見て「3あるから問題ない」ではなく、**動作や姿勢制御、協調性、感覚なども含めて“その筋が使えるか”**を判断する必要があるのです。
■ MMTは“推論の材料”。評価を「次の一手」につなげよう
MMTは「評価のゴール」ではなく、「臨床推論のスタート地点」です。
つまり、MMTの結果から**“なぜこの筋が使えていないのか”**を考え、次の評価や治療へとつなげていくための材料に過ぎません。
✅ 推論の具体例
- MMTで3でも動作ができない
→ 協調運動やタイミングの問題?
→ 動作分析、筋連結の評価へ - MMTで2→3への改善が停滞
→ 感覚障害?意欲低下?中枢の要因?
→ 感覚刺激、神経促通法、環境設定の調整 - MMTは良好だが代償が強い
→ 姿勢制御や抗重力活動の問題?
→ 姿勢・体幹機能・バランス戦略を再評価
このように、MMT単体では見えない“背景”を推論することで、次の一手が明確になります。
MMTを“検査で終わる評価”にせず、“仮説を立てる評価”に変えること。
それが、患者の動作と生活機能を改善するための本当の評価なのです。
■ おわりに|評価を使いこなせる理学療法士に
MMTはシンプルな評価ですが、その解釈と活用次第で臨床に大きな差が出ます。
「ただの数値」で終わらせず、そこに意味づけをして、動作分析・触診・感覚評価と組み合わせて考える――これが、評価を“活かす”ということです。
患者の背景を知るための第一歩として、MMTは非常に有用です。
しかし、それに頼りすぎず、“数字の奥にあるストーリー”に目を向けることが大切です。
評価とは、患者を理解するための会話。
数字だけで終わらせない、そんな評価ができる理学療法士を目指していきましょう。