なぜPTが「貧血」を理解する必要があるのか?
「貧血があるのは知っている。でも、具体的にどこまで運動させていいの?」
臨床でこんな疑問を抱いたことはありませんか?バイタルサインで頻脈が続いたり、離床時にふらつきが見られたりする患者様。その不安定性の根源に「貧血」が潜んでいることは少なくありません。
私たち理学療法士(PT)は、運動によって患者様の身体機能改善を目指します。しかし、貧血の病態を理解せずに運動負荷をかけてしまうと、心臓への過負荷や転倒リスクの増大を招きかねません。
本記事では、貧血の基礎生理学を復習し、自信を持って「リスク管理」と「運動処方」ができるようになることを目指します。
基礎の復習:貧血が運動耐容能を低下させるメカニズム
貧血とは、血液中のヘモグロビン(Hb)濃度が低下した状態です。
📌 酸素運搬の主役:ヘモグロビン
酸素は肺で血液に取り込まれ、全身の組織に運ばれます。この酸素運搬を担うのが、赤血球に含まれるヘモグロビンです。
体内の酸素供給量を決定する主要な要因は、次の3つです。
1. 心拍出量 (CO)
2. ヘモグロビン濃度 (Hb)
3. 動脈血酸素飽和度 (SpO_2)
📉 運動と貧血の関係
ヘモグロビン濃度が低下すると、組織への酸素供給能力が低下します。特に運動時は、筋肉が必要とする酸素量が急増するため、その供給不足が顕著になります。
さらに、体は酸素供給量を維持しようとして、心拍出量(CO)を増加させる代償作用が働きます。具体的には、心拍数(頻脈)や一回拍出量を増やして、不足した酸素を補おうとします。
しかし、この代償は心臓に大きな負担(前負荷・後負荷)をかけ、特に心疾患を持つ患者様では心不全の増悪リスクにつながります。これが、PTが貧血を警戒し、適切な運動処方が必要な最大の理由です。
血液データ判読のポイント(これだけは押さえる!)
PTがリスク管理のために、血液検査データで最低限チェックすべき項目は以下の3つです。
| 項目 | 意味合い | PTが注意すべき点 |
| Hb(ヘモグロビン) | 酸素運搬能力の指標 | 貧血の重症度を判断する最重要指標。 |
| Ht(ヘマトクリット) | 血中の赤血球の割合 | Hbと同様に低下しますが、脱水時は相対的に高値になることがあるため、全身状態との兼ね合いで判断。 |
| MCV (平均赤血球容積) | 赤血球一つあたりの大きさ。 | 貧血の原因(鉄欠乏性、腎性など)の推測に役立つ。 |
【高齢者への注意点】 高齢者では、活動量の低下や慢性炎症により、上記基準値内であっても運動耐容能が極端に低いケースが多く見られます。「数値だけで安心しない」ことが重要です。
臨床における「貧血」のリハビリ中止・変更基準
読者であるPTが最も知りたい、「エビデンスに基づく安全な運動処方の目安」です。
厳守すべき「Hb値による運動制限基準」
リハビリテーションの分野では、ヘモグロビン値に基づいた運動強度の目安が広く用いられています。特に有名なのが「アンダーソンの基準(土肥変法)」です。
| Hb値(g/dL) | 推奨される運動負荷の目安 | 臨床判断のポイント |
| 10.0〜 | 通常のリハビリテーションを実施可能。 | 他のバイタルサインと総合的に判断。 |
| 8.0〜9.9 | 軽度から中等度の運動にとどめる。 | 息切れや倦怠感に注意。長時間の負荷は避ける。 |
| 6.0〜7.9 | 低負荷(臥床・座位でのADL練習、ROM訓練など)。 | 日常生活活動(ADL)程度の負荷に制限。 離床は慎重に。 |
| 6.0未満 | リハビリテーションの原則中止・見合わせ。 | 絶対安静が原則。医師の指示を仰ぐ。 |
重要: この表はあくまで目安です。術直後や急激な出血、心疾患の既往などがある場合は、より厳格な判断が必要です。
🏥 貧血患者でリハビリを中止・中断すべき臨床症状
数値がクリアしていても、以下の症状が見られたら、すぐに運動を中止し、安静臥床の上で医師・看護師に報告してください。
• 安静時頻脈(代償作用の限界サイン)
• 労作時の強い動悸、息切れ(Borgスケールで「かなりきつい」以上)
• めまい、ふらつき、悪心、頭痛
• 急な顔色・眼球結膜の蒼白化
貧血の種類とPTが注意すべきアプローチの違い
貧血は一括りにできません。原因によって、治療法やPTのアプローチのポイントが異なります。
| 貧血の種類 | 主な原因 | PTが注意すべき点 |
| 鉄欠乏性貧血 | 鉄分の欠乏、慢性的な出血など。 | 易疲労性が強い。運動中の休憩をこまめに入れる。 |
| 腎性貧血 | 慢性腎臓病 (CKD) の進行。 | 循環負荷に特に注意。心不全を合併していることが多いため、水分管理も考慮。 |
| 炎症性貧血 | 慢性感染症や悪性腫瘍など。 | 原疾患の活動性も確認し、体調の波に合わせた柔軟な負荷設定。 |
貧血患者に対する運動療法のコツとリスク管理
① 運動強度の設定:RPEと脈拍の組み合わせ
• 指標の活用: 運動強度は、心拍数やSpO2だけでなく、自覚的運動強度(RPE: Borgスケール)を必ず確認しましょう。
• 目標は、「やや楽である (RPE 11)」から「ややきつい (RPE 13)」の範囲内にとどめます。
• 脈拍回復の観察: 運動後の脈拍が安静時レベルに戻るまでの時間が、その患者様の疲労度を反映します。回復が遅い場合は、負荷が強すぎるサインです。
② 起立性低血圧への対策徹底
貧血は循環血液量が不安定になりやすいため、起立性低血圧を起こしやすいです。
• 段階的な動作: 臥位から座位、座位から立位への動作を必ず緩徐に行い、その都度、めまいやふらつきがないか確認します。
• バイタルチェック: 動作前後で血圧を測定する習慣をつけましょう。
③ 患者指導の視点
• **「酸素が運ばれていない状態」であることを理解してもらうことで、「無理をしないこと」**の重要性を認識してもらいます。
• 食事指導(鉄分、タンパク質など)は管理栄養士と連携し、PTからも生活のアドバイスとして伝達します。
✅ まとめ:自信を持って貧血患者に対応するために
貧血は、「ただの病態」ではなく、PTの運動処方とリスク管理に直結する重要な知識です。
- 1. Hb値を最重要指標として把握する。
- 2. 8.0g/dLを下回る場合は、負荷を極端に落とし、ADL中心の練習に切り替える。
- 3. 数値だけでなく、労作時頻脈や息切れなどの臨床症状を最優先で確認する。
この知識を武器に、医師や看護師と共通言語で情報共有ができる「頼れる理学療法士」として、安全で効果的なリハビリを提供していきましょう。
