はじめに
急性期脳卒中のリハビリにおいて、特に悩ましいのが「歩行練習をいつ始めるか?」という問題です。
まだ端座位が不安定で、移乗にも介助が必要な状態。そんな患者さんに対して、「歩行練習を始めてもいいのか?」「それとももう少し経過を見たほうが良いのか?」と、理学療法士であれば一度は迷った経験があるのではないでしょうか。
この記事では、最新のエビデンスや臨床現場での知見を踏まえながら、急性期脳卒中患者における歩行練習の適応とリスク管理について深掘りしていきます。
※この記事の内容は、あくまで僕のこれまでの経験と研鑽をまとめたものになります。全てこれが正解、というわけではないと思います。
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急性期脳卒中におけるリハビリの基本方針
急性期の目的とは?
急性期リハビリの主たる目的は、「廃用予防」と「神経可塑性の促進」です。ベッド上での安静期間が長引けば、筋力低下や関節拘縮、起立性低血圧などの二次的な問題を引き起こすリスクが高まります。
一方で、脳は発症直後から“再構築”のスイッチが入ると言われており、いかに早期に「適切な刺激」を与えるかが、その後の回復曲線を大きく左右します。
このような神経可塑性を引き出す“窓の時期”を逃さないことが、理学療法士の腕の見せどころです。
離床の重要性と段階的アプローチ
「安全な範囲での段階的離床」が鉄則
急性期では「いきなり歩行」ではなく、「安全な範囲での段階的離床」が鉄則です。
ベッド上での座位練習 → 端座位保持 → 車椅子坐位 → 立位保持 → 歩行練習というプロセスを、患者の状態に応じて柔軟に設計していきます。
離床は単なる“移動手段”ではなく、“治療そのもの”です。重力下での刺激を通して、循環・呼吸・覚醒レベル・姿勢制御など、あらゆる機能に働きかける大事な介入です。
歩行練習を検討する前に確認すべきリスク管理
バイタルサインの安定性
歩行練習を検討する際、最も重要なのは「全身状態の安定」です。具体的には以下の項目を観察します。
- 血圧:収縮期100〜180mmHgで推移しているか(血圧管理目標は主治医に確認しましょう。)
- 心拍数:40〜120bpmの範囲内か
- SpO2:95%以上を維持できるか
- 意識レベル:JCSやGCSで重度の低下がないか
急激な変動がある場合は、まずはバイタルの安定化を優先します。
運動・体幹機能の評価
- Brunnstrom Stage(下肢):ステージIII以上であれば、自動運動が期待できる
- 起立耐性の確認:立位時の血圧・自覚症状
- 体幹保持能力:端座位保持が10秒以上可能か、介助下だったとしても安全に保持が可能か
これらを確認することで、立ち上がりや立位保持の準備が整っているかを判断します。
認知・注意力の状態
- 理解力:指示が通るか
- 注意機能:離床中の環境に注意を向けられるか
- 自己認識:麻痺への気づき、危険認識の有無
これらの要素が揃っていなければ、歩行練習はかえってリスクとなり得ます。

文献から読み解く「歩行練習はいつから可能か?」
AVERT試験の結果と考察
「AVERT(A Very Early Rehabilitation Trial)」は、脳卒中患者に対する超早期リハビリの有効性を検証した多施設共同研究です。
- フェーズIIの結果:発症24時間以内の離床は安全で、転帰にも良い影響があった
- フェーズIIIでは:「頻回・短時間」の離床が、長期的なADL改善に寄与する傾向
ただし、過剰な頻度や長時間の離床は、かえって予後を悪化させる可能性もあり、“適切な負荷量”が重要とされています。
メタアナリシスやガイドラインからの推奨
2023年の国際ガイドラインでは、「早期離床は安全で、可能であれば48時間以内に開始すべき」と明記されています。ただし、「歩行練習を必ずしもこの時点で行うべき」とはされておらず、段階的な進行が望ましいとされています。
歩行練習をいつ・どう始める?段階的アプローチの実際
症例に応じたフェーズ分け
- 端座位も不安定な患者:まずは重介助での立位保持を目標に。平行棒内での荷重練習が有効。安全であれば歩行練習も検討。
- 移乗動作が安定してきた患者:立ち上がりから静的立位を経て、積極的な歩行練習開始へ。
- 短距離歩行が可能な患者:歩行距離・回数・スピードを少しずつ増加。転倒リスクの評価も継続的に行う。
歩行練習の具体例
- 2人介助での歩行訓練:リスクの高い初期段階では、補助者を増やして安全性を確保。
- セーフティーベルトの使用:不意な失調やバランス低下への備え。
- 歩行補助具の選定:H型歩行器、ロフストランドクラッチ、エアキャストブーツ等
理学療法士としての臨床判断力が問われる
リスクゼロを待っていたら、回復のタイミングを逃してしまいます。重要なのは、「管理可能なリスク」を把握し、それに応じた安全対策を講じた上で、一歩踏み出すことです。
歩行練習は、“遅らせる理由”を探すよりも、“進める工夫”を模索する姿勢が求められます。そこに、理学療法士としての判断力と責任が試されているのです。
まとめ:安全を前提にした“攻めのリハ”のすすめ
端座位や移乗が不安定な患者に対しても、全身状態や認知面のリスクが「管理可能」であれば、歩行練習を積極的に検討すべきです。
“歩行できるようになる”ことは、患者さんにとって機能回復の象徴であり、大きなモチベーションにもなります。理学療法士として、安全性と回復を両立する“攻めのリハビリ”を、ぜひ実践していきましょう。