NIHSS使ってますか?
「NIHSSの評価ってどんな時に使うの?」
「カルテに書いてあるスコアは見るけど、各項目の意味まで深く考えていなかった…」
脳卒中リハビリに携わる若手の理学療法士や学生の皆さん、こんな風に思ったことはありませんか?
NIHSS(米国国立衛生研究所脳卒中スケール)は、脳卒中の重症度を客観的に評価するための世界標準のツールです。実はこのNIHSS、理学療法士が深く理解することで、患者さんの全体像を的確に把握し、リハビリの質を格段に向上させる強力な武器になります。
この記事では、脳卒中リハビリに必須の知識であるNIHSSについて、以下の内容を分かりやすく解説します。
- NIHSSの基本と理学療法士が学ぶべき理由
- 11の評価項目の具体的な評価方法と「理学療法士の視点」
- スコアを解釈し、明日からのリハビリプログラムに活かす方法
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NIHSSとは?基本をおさらい
NIHSS(National Institutes of Health Stroke Scale)とは、脳卒中患者さんの神経学的重症度を客観的に評価するために開発されたスケールです。
- 目的: 急性期の重症度判定、t-PA(血栓溶解療法)などの治療方針決定、予後予測
- 特徴: 11項目(15段階)の評価からなり、合計スコアは0点(正常)〜42点(最重症)。短時間(5〜10分)で評価でき、信頼性と妥当性が高い。
もしかしたら、理学療法士の中に実際に評価したことがない方もいるかもしれませんが、カルテに必ず記載されているこの情報を読み解く力は、適切なリスク管理と効果的なリハビリ計画の立案に不可欠です。
【項目別】NIHSS評価のポイントと理学療法士(PT)の視点
ここからは、実際の評価シート(下の表)に沿って、各項目の評価ポイントと、理学療法士が特に注目すべき臨床での視点を解説します。
項目 | 内容 | スコア |
1-a 意識水準 | 0 完全覚醒 1 軽度意識低下(軽い刺激で覚醒) 2 強い意識低下(強い刺激で覚醒) 3 昏睡(覚醒しない) | 0 / 1 / 2 / 3 |
1-b 意識障害(質問:「今の月」「年齢」) | 0 両方正解 1 片方正解 2 両方不正解 | 0 / 1 / 2 |
1-c 意識障害(従命:「閉眼・開眼」「手を挙げる・開く」) | 0 両方可 1 片方可 2 両方不可 | 0 / 1 / 2 |
2 最良の注視 | 0 正常(正中を越えて左右に動く) 1 部分的注視障害 2 完全注視麻痺 | 0 / 1 / 2 |
3 視野 | 0 正常 1 部分的障害(1/4を含む) 2 一側の半盲 3 両側の半盲 | 0 / 1 / 2 / 3 |
4 顔面麻痺 | 0 正常 1 軽度麻痺(下半分のみ) 2 部分的麻痺(片側の完全麻痺) 3 完全麻痺(顔全体) | 0 / 1 / 2 / 3 |
5 上肢の運動(非麻痺側から実施) | 0 10秒以上保持 1 10秒以内に落下(抗重力可能) 2 バタッと落下(努力あり) 3 バタッと落下(努力なし) 4 全く動かない N 切断・関節固定 | 0 / 1 / 2 / 3 / 4 / N |
6 下肢の運動(非麻痺側から実施) | 0 5秒以上保持 1 5秒以内に落下(抗重力可能) 2 バタッと落下(努力あり) 3 バタッと落下(努力なし) 4 全く動かない N 切断・関節固定 | 0 / 1 / 2 / 3 / 4 / N |
7 運動失調(鼻・指・踵・膝試験) | 0 なし 1 1肢に存在 2 2肢に存在 N 関節固定・合併 | 0 / 1 / 2 / N |
8 感覚(pin prick) | 0 正常 1 軽度~中等度(軽い刺激× 強い刺激〇) 2 重度~完全(刺激が分からない) | 0 / 1 / 2 |
9 最良の言語 | 0 失語なし 1 軽度~中等度(会話可能) 2 重度(会話困難) 3 無言、全失語 | 0 / 1 / 2 / 3 |
10 構音障害 | 0 正常 1 軽度~中等度(理解可能) 2 重度(理解困難) N 挿管中または身体的障害 | 0 / 1 / 2 / N |
11 消去現象と注意障害 | 0 正常 1 同時刺激に対する不注意 2 消去現象あり | 0 / 1 / 2 |
1. 意識レベル(1-a, 1-b, 1-c)
意識の「清明度」「見当識」「簡単な命令への応答」を評価します。
- 評価のコツ: 過剰な刺激は避け、「声かけ→肩を叩く→痛み刺激」の順で段階的に評価します。
- PTの視点:
- リハビリ中の覚醒度の指標: 評価時の反応レベルは、そのままリハビリ中の集中力や疲労度の目安になります。
- 高次脳機能障害のスクリーニング: 「今月は何月ですか?」「ご自身の年齢は?」といった質問への応答は、記憶障害や注意障害を推測する手がかりになります。
- 指示理解の確認: 「手を握る・開く」ができない場合、麻痺だけでなく、失行や理解力の低下も疑う必要があります。
2. 最良の注視(眼球運動)
水平方向の眼球運動を評価します。
- 評価のコツ: 患者さんに指を目で追ってもらい、共同偏視(両目が同じ方向に寄ってしまう)の有無を確認します。
- PTの視点:
- 半側空間無視との関連: 視線が一方に偏っている場合、無視症状を合併している可能性が高いです。起き上がりや歩行練習時の安全管理に直結するため、必ず確認しましょう。
3. 視野
対座法で四分円ごとの視野欠損を評価します。
- 評価のコツ: 片眼ずつ、検者の指の動きが見えるかを尋ねます。意識障害で協力が得られない場合は、視野に物を提示した際の驚愕反応などで判断します。
- PTの視点
- ADLの阻害因子: 同名半盲は、食事(皿の半分を残す)、更衣、移動(障害物にぶつかる)など、あらゆる場面での阻害因子です。
- 環境設定への応用: ベッドサイドのテーブルの位置や、歩行練習時の介助位置などを工夫する根拠になります。
4. 顔面麻痺
顔面筋の動きの左右差を評価します。
- 評価のコツ: 「歯を見せてください(イーッ)」「眉を上げてください」と具体的に指示します。
- PTの視点
- 嚥下障害との関連: 顔面麻痺、特に口輪筋の麻痺は、食べこぼしや嚥下障害(球麻痺)と関連が深いです。ST(言語聴覚士)との情報共有が重要になります。
5. 上肢の運動 & 6. 下肢の運動
重力に抗して、決められた時間だけ肢位を保持できるかを評価します。
- 評価のコツ: MMT(徒手筋力テスト)とは異なり、**「重力に対する耐久性」**を見る評価です。必ず非麻痺側から実施し、患者さんに見本を見せましょう。
- 上肢: 肩関節90度屈曲位(座位)または45度屈曲位(臥位)で10秒間保持
- 下肢: 股関節30度屈曲位(臥位)で5秒間保持
- PTの視点
- 離床レベルの予測: 四肢のスコアは、座位保持、移乗、歩行能力を予測する上で最も重要な情報の一つです。
- 初期アプローチの決定: どの程度の負荷から運動を開始すべきか、アプローチ方法(自動介助運動、他動運動など)を決定する際の判断材料になります。
7. 運動失調
麻痺とは独立した協調運動障害を評価します。
- 評価のコツ: **「麻痺の影響を除外して評価する」**ことが最重要です。麻痺が軽度でも、指鼻指試験や踵膝試験が拙劣な場合にスコアが付きます。
- PTの視点
- 転倒リスクの評価: 失調があると、麻痺が軽度でも歩行の安定性が著しく低下し、転倒リスクが非常に高くなります。
- リハビリプログラムへの応用: バランス訓練や協調性訓練(Frenkel体操など)の必要性を判断する重要な指標です。
8. 感覚
ピンプリック(軽くチクッと刺す)による痛覚や触覚の低下・左右差を評価します。
- 評価のコツ: 患者さんに目を閉じてもらい、顔・体幹・四肢を左右対称に刺激して「同じ感じがしますか?」と尋ねます。
- PTの視点
- 褥瘡・外傷のリスク: 感覚障害があると、圧迫や外傷に気づかず、褥瘡や皮膚トラブルを起こしやすくなります。ポジショニングやシーティングの際に特に注意が必要です。
- 運動学習への影響: 固有受容感覚が低下していると、運動のフィードバックが得られにくく、動作の再学習が困難になる場合があります。
9. 最良の言語(失語)
失語症の重症度を、物品呼称や文章理解などで多角的に評価します。
- 評価のコツ: 絵カードを見せて名前を言わせる、短い文章を復唱させるなどを行います。
- PTの視点
- コミュニケーション方法の工夫: スコアが高い場合、口頭での指示が通りにくい可能性があります。ジェスチャーや実物を見せるなど、非言語的なコミュニケーションを多用する必要性を判断します。STとの連携は必須です。
10. 構音障害
発音の明瞭さ、「ろれつが回るか」を評価します。
- 評価のコツ: 指定された単語リストを読んでもらい、聞き手がどの程度理解できるかでスコアリングします。
- PTの視点
- 患者の訴えの傾聴: 言葉が不明瞭なだけで、伝えたい内容は明確かもしれません。時間をかけてゆっくりと話を聞く姿勢が、ラポール形成において重要になります。
11. 消去現象と注意障害
半側空間無視(USN)の有無を評価します。
- 評価のコツ: 視覚(左右両方の視野で指を動かす)や触覚(両手や両足に同時に触れる)で左右同時刺激を行い、片側を認識できない「消去現象」があるかを確認します。
- PTの視点
- リハビリ最大の阻害因子の一つ: 半側空間無視は、リハビリの進捗を大きく妨げる要因です。更衣、食事、整容、車椅子駆動、歩行など、全てのADLに影響します。
- アプローチの根拠: この項目に失点があれば、無視に対するアプローチ(視覚探索訓練、環境調整など)をプログラムに組み込む必要があります。
NIHSSスコアを解釈し、理学療法に活かす方法
NIHSSは合計点だけでなく、「どの項目で失点しているか」が重要ですが、合計点から重症度の大まかな目安を知ることもできます。
- 0点: 正常
- 1〜4点: 軽症
- 5〜15点: 中等症
- 16〜20点: 重症
- 21点以上: 最重症
臨床での応用例
- 予後予測と目標設定: 入院初期のNIHSSスコアは、3ヶ月後の歩行自立度や在宅復帰率と高い相関があることが知られています。この客観的データは、患者さんやご家族への説明、現実的なリハビリ目標(短期・長期ゴール)を設定する際の強力な根拠となります。
- カンファレンスでの共通言語: 「NIHSSの7番(運動失調)が2点なので、歩行自立には介助と環境設定が必須と考えます」のように、多職種カンファレンスで具体的な根拠を示して提案することで、チーム全体で一貫したアプローチが可能になります。
- リハビリ効果の客観的指標: 入院後のNIHSSスコアの推移を見ることで、リハビリテーションの効果を客観的に評価し、アプローチが適切かを見直すきっかけになります。
まとめ:NIHSSを使いこなし、質の高い脳卒中リハビリを提供しよう
今回は、理学療法士が知っておくべきNIHSSの評価ポイントと臨床での活かし方について解説しました。
- NIHSSは、脳卒中患者さんを多角的に評価する「チームの共通言語」
- 各項目の評価の背景を理解することで、患者さんの障害像が立体的に見えてくる
- スコアを解釈し、PTの視点でリハビリ計画に落とし込むことで、介入の質は格段に向上する
明日からカルテを見る際に、ぜひNIHSSのスコアとその内訳に注目してみてください。そして、実際にNIHSSを使用して評価してみてください。そこには、あなたのリハビリをより良いものにするためのヒントが詰まっているはずです。
ここまで記事をお読みいただきありがとうございました。


