はじめに
膝関節のリハビリを進める上で、単に「可動域を広げる」「筋力をつける」だけでは不十分です。関節内での複雑な「転がり・滑り運動」や、終末強制外旋運動(スクリューホームムーブメント)の理解がなければ、かえって痛みを悪化させる可能性すらあります。
本記事では、膝関節を「FT関節(大腿脛骨関節)」と「PF関節(膝蓋大腿関節)」の2つの側面から深掘りし、運動学的な視点から臨床応用までを整理しました。
膝関節の構成と解剖学的特徴
膝関節は、単一の関節ではなく、複数の関節が協調して動く複合体です。
大腿脛骨関節(FT関節)
FT関節は、大腿骨顆部と脛骨顆部からなる関節です。大腿骨顆部は「丸み」が強いのに対し、脛骨顆部は「平坦」に近い形状をしています。この不適合性を補っているのが半月板です。

膝蓋大腿関節(PF関節)
膝蓋骨は大腿四頭筋の停止腱の中に位置する「種子骨」としての役割を持ちます。PF関節の主な機能は、大腿四頭筋のレバーアーム(力学的な効率)を高めることです。膝蓋骨があることで、大腿四頭筋の筋力は約30〜50%効率化されると言われています。
膝関節の運動学:転がり・滑り運動のメカニズム
膝関節は単純な「蝶番関節」ではありません。屈曲・伸展に伴い、**「転がり(Roll)」と「滑り(Glide)」**の運動が組み合わさって起こります。
凹凸の法則(Convex-Concave Rule)
• OKC(開放運動連鎖): 凹面である脛骨が大腿骨の上を動きます。この場合、転がりと滑りは「同一方向」に起こります。
• CKC(閉鎖運動連鎖): 凸面である大腿骨が固定された脛骨の上を動きます。この場合、転がりと滑りは「反対方向」に起こります。
臨床で「膝の伸展制限」がある場合、この滑り運動が制限されているケースが多く、徒手的に脛骨の前方滑りを促す(前方引き出し方向のモビライゼーション)ことが有効な場面が多々あります。
スクリューホームムーブメント(SHM)の臨床的意義
膝関節において最も重要と言っても過言ではないのが、**スクリューホームムーブメント(終末強制外旋運動)**です。
SHMのメカニズム
膝関節が完全伸展位に近づく(最後の20〜30度程度)際、大腿骨に対して脛骨が**「外旋」**する動きを指します。
なぜこの動きが起こるのでしょうか? 主な理由は以下の3点です。
1. 大腿骨の内側顆と外側顆のサイズ差: 内側顆の方が前後径が長いため、伸展時に内側が最後まで転がり続ける必要があります。
2. 前十字靭帯(ACL)の緊張: 伸展に伴いACLが緊張し、脛骨を外旋方向へ誘導します。
3. 側副靭帯の形状差: 内側側副靭帯と外側側副靭帯の緊張のタイミングの差。
「アンロッキング」を担う膝窩筋
SHMによって膝が「ロック」されると、エネルギー消費を抑えて立位を保持できます。しかし、再び膝を曲げるためには、このロックを外す(アンロッキング)必要があります。ここで重要なのが膝窩筋です。膝窩筋が脛骨を「内旋」させることで、スムーズな屈曲への移行が可能になります。
半月板の動態と衝撃吸収の仕組み
半月板は、膝関節の適合性を高め、荷重を分散させる重要なクッションです。
• 内側半月板(MM): C字型で大きく、内側側副靭帯(MCL)と結合しているため、可動性が低い(損傷しやすい)。
• 外側半月板(LM): O字型で小さく、可動性が高い。
屈曲時の移動
膝を屈曲させると、半月板は後方へ移動します。この移動を制御しているのは、半月板に付着する筋肉(半膜様筋や膝窩筋)です。
変形性膝関節症(膝OA)の患者さんで「膝を深く曲げると裏側が痛い」と訴える場合、半月板の後方移動が阻害されている可能性を考慮する必要があります。
膝蓋大腿関節(PF関節)のバイオメカニクス
PF関節のトラブル(PF障害)は、若年スポーツ層から高齢者まで幅広く見られます。
Q-angleとパテラトラッキング
膝蓋骨が正常な軌道(トラッキング)を外れ、外側へ偏位しやすくなる要因を評価することが重要です。
• Q-angleの増大: 骨盤の幅や大腿骨の内旋が影響。
• 外側支持機構のタイトネス: 腸脛靭帯や外側広筋の緊張。
• 内側広筋(VMO)の出力低下: 膝蓋骨を内側に引き寄せる力が弱まる。
接触面積と圧の関係
膝関節の屈曲角度が深くなるほど、膝蓋骨は大腿骨顆部との接触面積を増やし、圧力を分散させようとします。しかし、アライメント異常があると局所にストレスが集中し、軟骨の摩耗(膝蓋軟骨軟化症など)を招きます。
臨床評価への応用:なぜ膝が伸びないのか?
ここからは、解剖学・運動学を臨床評価に落とし込んでいきましょう。
膝関節伸展制限の鑑別
「膝が伸びきらない(Extension lag)」の原因を特定する際、以下の3段階で考えます。
1. 骨・関節原性:
• SHMが起きているか?(脛骨の外旋が出ているか)
• 脛骨の前方滑りが出ているか?
2. 軟部組織性:
• 膝窩筋の短縮(アンロッキング状態での固定)。
• 後方関節包の肥厚。
• ハムストリングスのタイトネス。
3. 筋出力性:
• 内側広筋(VMO)の収縮が得られているか。
歩行分析への活用
立脚初期(Initial Contact)から荷重応答期(Loading Response)にかけて、膝関節は軽度屈曲しながら衝撃を吸収します。この時に「膝の崩れ(Knee buckling)」が起きるのか、あるいは逆に「反張膝(Back knee)」でロックしてしまうのか。
これは、大腿四頭筋の偏心性収縮能力や、下腿三頭筋の緊張度、さらには足関節の背屈可動域との関連を見ていく必要があります。
まとめ
膝関節の機能解剖学と運動学を深く理解することは、**「なぜその動きが出ないのか」「どこにストレスがかかっているのか」**という問いに対する明確な答えを導き出してくれます。
• FT関節は転がり・滑りとSHMを意識する。
• PF関節はアライメントとトラッキングを意識する。
• 半月板は筋肉との連結による動態を意識する。
これらの基礎知識をベースに触診や可動域評価を行うことで、リハビリの質は劇的に向上します。
次のステップとしておすすめのアクション
今回の内容を踏まえ、実際の患者さん(または同僚)の膝関節で**「膝伸展最終域での脛骨の外旋(SHM)」**がスムーズに出ているか、触診で確認してみることから始めてみませんか?
