はじめに
あなたは今、目の前の患者さんの「筋力低下」に対して、どのようなアプローチを考えていますか?
「MMTが低いから、レジスタンストレーニング(筋トレ)をしよう」
もし、このように思考が短絡的になっているとしたら、少し立ち止まってみる必要があります。なぜなら、患者さんの「力が入らない」という現象の裏には、様々な原因が隠れているからです。
この記事では、多くの理学療法士が日常的に使う**「筋力」という言葉を改めて定義し、臨床で遭遇する筋力低下の原因を8つの視点から体系的に分類・考えたいと思います。
日々の臨床の一助となれば幸いです。
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そもそも『筋力』とは何か?臨床で差がつく『筋力』の再定義
教科書を開けば、筋力は「筋が随意的に収縮して発揮する力」あるいは筋力とは、「筋肉が発揮できる最大の力」とと定義されることが多いです。
一度の収縮でどれだけ重いものや抵抗に打ち勝てるか、あるいはどれだけ強い力を出せるかを表します。例えば、荷物を持ち上げる、身体を支える、物を押す・引くといった日常生活の多くの動作に必要とされ、健康長寿のためにも適切な筋力を維持・向上させることが重要です。
私たちがMMT(徒手筋力テスト)で測定しているのは、単に筋肉の太さだけではありません。
臨床で評価する「筋力」とは、以下の3つの要素が複雑に絡み合ったアウトプット(結果)です。
1. 神経系の要素(司令塔と伝達路)
筋肉を動かすための「命令」が正しく出され、伝わっているか。
- 運動単位の動員数 (Recruitment): どれだけ多くの兵士(運動単位)を動員できるか。
- 発火頻度 (Firing rate): 兵士にどれだけ速く命令(インパルス)を送れるか。
- 同期 (Synchronization): 兵士たちの動きのタイミングは合っているか。
脳卒中後の麻痺などは、筋肉そのものより、この神経系の要素に大きな問題があります。
2. 筋原性の要素(筋肉そのもののポテンシャル)
命令を受け取る筋肉自体の状態はどうか。
- 筋横断面積 (CSA): いわゆる「筋肉の量・太さ」。
- 筋線維タイプ (速筋/遅筋): 力の質(瞬発力か持久力か)。
- 筋の長さ-張力関係: 筋肉が最も力を発揮しやすい長さは保たれているか。
3. その他の要素(環境や心)
上記以外にも、筋力発揮に影響を与える因子は多数存在します。
- 力学的要因: 関節角度、てこの原理など。
- 心理的要因: モチベーション、痛みへの恐怖心、疲労感など。
MMTは、これら全ての要素を統合した結果を数値化したものに過ぎません。私たち理学療法士の専門性は、その数値の裏にある**「なぜ力が入らないのか?」という原因を探る**ことにあります。
【臨床思考フレームワーク】筋力低下の8つの原因分類
では、具体的にどのような原因が考えられるのでしょうか。ここでは、筋力低下の原因を8つのカテゴリーに分類し、評価の視点を整理します。このフレームワークを使えば、評価のモレを防ぎ、的確なアプローチに繋げることができるようになります。
分類 | 原因 | 特徴・臨床で見るべきポイント |
1. 廃用性 | 不動、低活動(長期臥床、術後、ギプス固定など) | ・全身的、特に抗重力筋に顕著・筋萎縮を伴う |
2. 神経原性 | 中枢神経系(脳卒中、脊髄損傷など) | ・麻痺(Paresis/Paralysis)・痙縮や連合反応など、異常な筋活動を伴うことがある |
末梢神経系(神経損傷、絞扼性障害など) | ・支配筋に限局した弛緩性麻痺・感覚障害や反射の低下/消失を伴う | |
3. 筋原性 | 筋ジストロフィー、多発性筋炎など | ・筋自体の変性・破壊・近位筋優位など、特徴的な分布を示すことが多い |
4. 神経筋接合部 | 重症筋無力症など | ・反復運動による易疲労性(Waning現象)・日内変動(夕方に悪化)が見られる |
5. 疼痛性 | 関節炎、術後痛、外傷など | ・痛みによる反射的な筋出力の抑制(関節原性筋抑制:AMI)・「痛くて力が入らない」という訴え |
6. 関節・軟部組織性 | 関節拘縮、腱や靭帯の短縮・損傷 | ・筋は収縮しているが、可動域制限によりトルクとして発揮されない・他動運動での可動域制限が著しい |
7. 内科・全身性 | 心不全、呼吸不全、がん悪液質、低栄養 | ・全身倦怠感や易疲労感を伴う・リハビリの負荷量設定に特に注意が必要 |
8. 心理・社会的 | うつ病、不安、恐怖心、認知機能低下、意欲低下 | ・日によって筋出力にムラがある・Give way weakness(途中で急に力を抜く)が見られることも |
臨床では、一人の患者さんが複数の原因を合併しているケースがほとんどです。例えば、高齢者の大腿骨骨折術後なら「①廃用性+⑤疼痛性+⑧恐怖心」のように、複合的な視点で評価することが極めて重要になります。


明日からの臨床が変わる!評価からアプローチへの展開
原因を分類できれば、アプローチは自ずと明確になります。
「膝伸展MMT3」という同じ結果でも、原因が違えばアプローチは全く異なります。
【ケーススタディ:膝伸展MMT3の患者さん】
- Aさん(原因:廃用性)
- 評価の解釈: 長期臥床による筋萎縮が主。神経系に問題はないため、適切な負荷をかければ筋力は向上しやすい。
- アプローチ: 軽めの負荷から漸増的なレジスタンストレーニング(SLR、軽めの重錘など)。栄養士と連携し、タンパク質摂取を促すことも有効。
- Bさん(原因:疼痛性 – TKA術後)
- 評価の解釈: 関節原性筋抑制(AMI)が強く疑われる。この状態で無理に筋トレをしても、痛みが増強し逆効果。
- アプローチ: まずはアイシングやポジショニング、物理療法による疼痛管理を優先。痛みのない範囲での自動介助運動や等尺性収縮から開始する。
- Cさん(原因:神経原性 – 大腿神経麻痺)
- 評価の解釈: 神経伝達の障害が原因。筋自体に問題はないが、命令が届かない状態。
- アプローチ: 神経筋促通手技(PNFなど)を用いて筋の再教育を図る。膝折れのリスクが高いため、装具療法や代償動作の指導も重要になる。
このように、「筋力低下 ≠ 筋トレ」です。原因に応じたアプローチを選択することこそ、理学療法士の専門性と言えると思います。
まとめ:現象の裏側を読み解くことが、理学療法士の価値
今回は、理学療法士が臨床で向き合う「筋力低下」について、その本質と原因を深掘りしました。
- 「筋力」は神経・筋・心理など多くの要素が絡み合った複雑な現象である。
- 筋力低下の原因は8つに分類でき、多角的な視点で評価することが重要。
- 原因を正しく特定することで、初めて効果的で安全なアプローチが可能になる。
明日からの臨床で、ぜひ「なぜこの患者さんは力が入らないのだろう?」と、一歩踏み込んで考えてみてください。その思考の積み重ねが、あなたを「ただの筋トレ指導者」から「患者さんの問題を本質から解決できるセラピスト」へと成長させてくれるはずです。
この記事が、あなたの臨床思考のヒントになれば幸いです。